大手行で紙の通帳の有料化など、デジタル取引の利用を促す試みが広がってきた。窓口業務の負担を減らし、コンサルティングサービスを強化する狙いだ。背景に、超低金利環境下で、コスト構造改革が業界共通の課題となっている事情がある。各行は新型コロナウイルス感染拡大防止の観点からデジタル取引への移行は理解を得やすくなったとみており、取り組みを急ピッチで加速させている。
みずほ銀行は1月18日、新規に口座を開設し、通帳の発行や繰り越しを希望する70歳未満の顧客に対し、1冊当たり1100円の手数料の徴収を始めた。紙の通帳の代わりに、最大10年間分の取引明細をオンラインで確認できるデジタル通帳のサービスを導入した。新規口座開設のうち7割程度のデジタル移行を見込む。
あおぞら銀行と三井住友銀行もこれに続く。このうち三井住友は4月1日以降、18~74歳の新規口座開設について、紙の通帳の発行に年550円の手数料を課す。20年近く前にデジタル通帳を導入しており、新規口座開設に占めるデジタル通帳の比率は昨年時点で6割程度まで高まっている。
年200円、印紙税重し
紙の通帳の有料化について、大和証券の高井晃チーフアナリストは「対象となるのは新規口座開設者の一部。銀行が稼ぐためではなく、無駄な通帳を減らし、デジタルに誘導していく狙いがある」と指摘する。
紙の通帳の発行は銀行の経営に重い負担としてのしかかる。中でも印紙税は1口座につき毎年200円がかかる。
印刷コストの負担も大きい。通帳の仕様は銀行によって異なるため、各行はオーダーメードでシステムを組み、機械を動かす。現金自動預払機(ATM)にも印字のための機械が搭載されている。紙自体にもお金がかかる。
あるメガバンク関係者は「口座数やATMの台数にもよるが、メガバンクの場合、紙通帳1冊当たりの原価は1000円程度で、新たな手数料はそれを少し上回る程度だ」と打ち明ける。
同様の取り組みは地方銀行にも広がりそうだ。横浜銀行は2月16日から、一部の紙の通帳発行に1100円の手数料を設定する。
限られた地域でビジネスを展開する地銀にとって、低金利政策によるダメージはより深刻だ。全国地方銀行協会の大矢恭好会長(横浜銀頭取)は「従来無料・廉価で提供していたサービスに対して適正な対価をいただく取り組みが進んできた」と述べ、デジタル化に伴う収益改善に期待する。
署名や捺印(なついん)をなくす取り組みも進む。みずほ銀は店頭での振り込みや税公金の支払い、キャッシュカード再発行などの手続きがタブレット端末の操作で完結する。三菱UFJ銀行や三井住友もインターネットバンキングやアプリの使い勝手を充実させてきた。
各行の狙いは、デジタル取引の拡大によって生まれる余剰人材やスペースを相続の相談など収益の見込めるコンサルティングサービスに振り向けるところにある。みずほフィナンシャルグループの坂井辰史社長は「営業店を手続きや決済の場から、コンサルティングの場に変えていく」とアピールする。
データ改竄懸念の声
だが、金融サービスのデジタル化に不安を感じる人は少なくない。東京都内に住む女性(70)は「昨年は(NTTドコモの電子マネー決済サービス)『ドコモ口座』を利用した不正な預金引き出し問題が相次いだ。デジタル通帳も外部から改竄(かいざん)などされないか心配だ」と語る。
新型コロナ禍で、非対面サービスの需要は高まっており、銀行ビジネスのデジタル化の流れは加速する一方だ。デジタルに不慣れな人が金融インフラサービスから取り残されることがないように、分かりやすい案内をしていくことも銀行にとって大事な業務となる。(米沢文)