高論卓説

リブラをめぐる通貨覇権 中国の強権的な対外姿勢が野望阻む

 米会員制交流サイト(SNS)大手のフェイスブックは2019年6月、世界で通用するデジタル通貨「リブラ」の構想を発表した。世界中の貧しくて銀行を利用できないような階層にも、スマートフォンさえあれば安価な金融サービスを提供できるという趣旨で、これは「金融包摂」とも呼ばれた。

 しかし、フェイスブックは世界会員数27億人を誇る巨大プラットフォーマーである。これには既存の金融業界だけではなく、通貨発行権を握る各国の中央銀行や、マネーロンダリング(資金洗浄)や不法送金を取り締まる規制当局からも強烈な反発を受けることになった。

 それから約1年半が経過して、世界が新型コロナウイルス禍で忙殺される昨年12月、今回はあまり話題にならなかったがリブラの名称を「Diem(ディエム)」に変更した。リブラは主要通貨バスケットによる実物資産を裏付けとした全く新しい通貨単位だったが、今度は米ドルを裏付けとしたディエムドルを発行する計画だという。

 名前の変更は通貨の覇権を奪取するというイメージを拭い去り、もっと地道なスタートラインに立つためのものである。リブラは規模を縮小して再スタートとなったが、当初の発表そのものが投げかけた波紋は大きかった。

 特に通貨発行益(シニョリッジ)や貨幣発行量の調節などによる金融政策に影響する懸念があった中銀では、自身によるデジタル通貨(CBDC)開発が加速することになった。

 1月27日公表の国際決済銀行(BIS)の各国中銀に対するCBDCへの取り組みを問う調査では、19年に42%だった実証研究段階への進展は20年には60%へと一気に高まっている。だが、全体の60%は、近い将来におけるCBDC発行の可能性は低いと回答している。実証研究に入っているが、具体的な発行は考えていないのが大勢なのである。

 日本銀行も現時点でCBDCを発行する具体的な計画はないが、決済システム全体の安定性と効率性を確保する観点から準備だけはしておくという姿勢である。

 調査からは、先進国に比べて金融インフラが脆弱な新興国ほど、金融包摂の観点からCBDC発行に積極的であることも読み取れた。

 一方、中国はリブラの発表に最も敏感に反応した国である。既に深センなどでCBDCを使った電子決済の実証実験を行い、北京、天津、香港、マカオなどにエリアを拡大させている。これは来年2月開催の北京冬季五輪に向けてデジタル人民元を発行する計画の一部である。

 デジタル人民元の開発を加速させていることと、「一帯一路」構想下で対中経済依存度が高い諸国に影響を及ぼすことを踏まえると、一時はデジタル人民元による世界通貨覇権への懸念が日本を含む西側諸国に広がった。

 中国は技術的には世界に先行している。しかしながら、中国が資本規制を続けていること、また人民元のレートがいまだ中国人民銀行が管理し続けていることなどから、世界の大きな決済資金は容易に人民元には向かわないだろう。

 皮肉なことに人民元の通貨覇権への道筋が見えるのは、中国がその強権的な対外姿勢を崩したときではないだろうか。

【プロフィル】板谷敏彦

 いたや・としひこ 作家。関西学院大経卒。内外大手証券会社を経て日本版ヘッジファンドを創設。兵庫県出身。著書は『日露戦争、資金調達の戦い』(新潮社)『日本人のための第一次世界大戦史』(毎日新聞出版)など。

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