論風

米中新冷戦下の企業の危機管理 官民一体で経済安全保障を

 米国バイデン政権が成立した。前政権の政策を転換し国際協調路線にかじを切ったものの、覇権を守りたい米国とそれに挑戦する中国とのいわゆる新冷戦は続くもようである。(日本危機管理学会会長、国際社会経済研究所上席研究員・原田泉)

 気候変動問題などでの協力は必要だが、「戦略的競争相手」として人権と安全保障をめぐって、両者の分断が収束することはないだろう。中国が軍民融合戦略で民生技術を効果的に軍事利用して、軍事的優位を脅かすことを米国は恐れている。特に将来の軍事技術体系を変える可能性がある新興技術の人工知能(AI)や量子コンピューター、防衛産業を含む広範な産業基盤を構成する半導体などの基盤技術、情報通信、サイバー関連、宇宙、航空、潜水艦などの関連技術では、国際レジームとは別に、米国は単独で管理を強化する動きがある。

 制裁不履行や違反には、同盟国であっても強力な制裁や規制を課すという。経済を使って安全保障の目的を達成する経済安全保障への同調圧力は確実に高まっているのである。

 一方、中国は政府調達で推奨する企業や製品を記載した「安可目録」や「信創目録」と呼ばれるリストがあり、政府が安全と認める企業の製品しか中国内での流通を許さなくなるという。

 板挟みは不可避

 多くの日本企業は、米中両国と密接な経済関係があり、米中双方からの規制面、政治面での「踏み絵」や「股裂き」を余儀なくされ、中国との生産、販売、共同研究開発、などさまざまな面で大きな影響を受けることになるだろう。その結果、中国圏と欧米圏の経営を社内で分離することも考えなければならない。米中双方の社内で機微な情報に触れれば、情報漏洩(ろうえい)の当事者にされてしまう恐れがあり、役員の兼務も見直しが求められる。まさに米ソ冷戦時代にココムの名で知られた対共産圏輸出統制委員会の再来である。

 このような状況に対応し、米中で関連分野を扱う日本企業は、経済安全保障を経営の根幹に据えた危機管理体制を構築しなければならない。そのためにはまず、最高経営責任者(CEO)の下に危機管理を統括する最高セキュリティー責任者(CSO)や最高リスク責任者(CRO)を置き、全社横断的なセキュリティー対策、経済安全保障対策に対し責任をもって対処させなければならない。

 専門部署設置は必須

 また米中を中心とした関連制度を調査し、情勢の変化を分析し、その動向や行く末を予測して、事業戦略に生かしていくための経済安全保障専門部署を設ける必要があろう。そこでは、自社の持つ日米の安全保障に関連して守るべき知的財産や技術情報を確定し、それら機密保持のためのサイバー技術やセキュリティー技術を担保するのである。

 また、人権に十分配慮しつつ、機微な情報に触れる社員の資格制度(セキュリティークリアランス)やスパイなどを防止する制度や組織体制を確立し、加えて、国内外の諜報機関・捜査機関との情報交流を進め、関係情報の収集とその分析を行うのである。

 そのために大企業にあっては、英米における当該機関OBなどの人材登用も必要となろう。一方、今後は使用している製品やデータサービスに意図的な裏口(バックドア)が組み込まれていないこと証明し、海外での情報漏洩を防止するため、サプライチェーン(供給網)の見直しも検討しなければならない。

 政府でも昨年4月に、サイバーセキュリティや軍事転用可能な機微技術の流出防止等の課題顕在化を背景に、内閣官房国家安全保障局に経済安全保障専門の経済班を発足させている。

 今後は、企業も国も以上のようなそれぞれの経済インテリジェンス機能を強化させ、相互協力を深めて、官民一体となった経済安全保障への取り組みを進めてほしい。

【プロフィル】原田泉 はらだ・いずみ 慶大大学院修士修了。日本国際貿易促進協会などを経てNEC総研から国際社会経済研究所へ。早稲田大学非常勤講師なども務める。東京都出身。

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