高論卓説

世界をリードする福島浜通り 辺境から生まれる新産業のシーズ

 東日本大震災から10年目の陽春、巨大地震と津波、東京電力福島第1原子力発電所のレベル7の過酷な事故が襲った、福島県沿岸の「浜通り」地域は例年を超えて桜の季節を迎えた。JR常磐線・夜ノ森駅は、福島第1原発が立地している富岡町にある。「帰宅困難区域」を貫く桜並木は、周辺の名所である。ほぼ満開の桜を筆者は一人で楽しんだ。

 かつての常磐炭鉱の北限がほぼ夜ノ森地域である。石炭から石油へのエネルギー革命が起きたとき、富岡町と双葉町が原子力発電所の誘致に走ったのは無理からぬことだった。集団就職列車は、常磐線を上りながら町々で若者たちを乗せながら、東京を目指した。若者たちをつなぎとめる産業が乏しかったのである。

 東京五輪の聖火リレーは、夜ノ森から15キロ以上東京よりのJビレッジからスタートした。スポーツ施設だったが、福島第1原発の事故の際には拠点となった。聖火リレーには、いわき駅前で遭遇した。沿道の人々は、社会的距離をきちんと守って拍手でリレーランナーを迎え、送っていた。私が気づいたのは、沿道の人々が「日の丸」の小旗を振っていないことだった。

 前回の東京五輪の公式記録映画「東京オリンピック」(市川崑監督)は数えきれないくらいDVDを見た。日本返還前の沖縄を聖火ランナーが走る。米軍が特別に許可したという日の丸の小旗が沿道で打ち振られる。広島の平和記念公園でも同様である。沿道の人々はもみあい、足を踏みあって、背を伸ばしながら聖火を見る。

 東日本大震災の傷痕がいまだに残ったところに、新型コロナウイルスの感染拡大がある。日本人は「坂の上の雲」を目指して、一体化する意欲を失ったのだろうか。

 浜通り地方を北上していけば、絶望してはいけないことを悟ることになる。政府が立ち上げた「福島イノベーション・コースト構想」の輪郭がはっきりと姿を現している。

 南相馬市と浪江町にまたがる「福島ロボットテストフィールド」を訪ねた。巨大な風洞の中で、強風を起こして、それに耐えるドローンの実験は、台風や風水害の際に資材を運ぶことを狙っている。ロードコースでは、天井に太陽光パネルを置いた1人乗りと2人乗りそれぞれの小型車の実験走行が続いていた。トヨタ自動車と東北大学の共同研究で、災害時に使えるほか、免許証の返上を考えている高齢者でも運転できると考えている。

 世界最大級の水素工場である「FH2R」もまた、浪江町に操業したばかりである。これらの研究設備は、福島県のみならず、全国の企業、研究機関と協力して実験をする場となっている。福島第1原発の半世紀は要するといわれている「廃炉」に向けた技術開発も進んでいる。

 かつ、政府は昨夏に浜通りに国際研究拠点をつくる最終報告書をまとめた。沖縄科学研究大学院大学のような存在が姿を現せば、質のよい研究論文数において世界で9位にランキングされた、沖縄科学をしのぐかもしれない。

 「大きな変化は辺境から生まれる」といわれることがある。桜吹雪の中を歩きながら、浜通りにはその資格があると考えた。

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【プロフィル】田部康喜

 たべ・こうき 東日本国際大学教授。東北大法卒。朝日新聞経済記者を20年近く務め、論説委員、ソフトバンク広報室長などを経て現職。福島県出身。

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