リーダーの視点 鶴田東洋彦が聞く

幼少時から車いす、放任主義で培われた自己責任 ミライロ・垣内俊哉社長(2-2)

  --幼少期はどのように育てられたか

 「生まれつき骨が弱く折れやすいという骨形成不全症のため車いす生活を送ってきた。小学校に入ってからも骨折を何度も繰り返したが、両親は過保護に育てることはなかった。友達と遊んだりけんかしたりして骨折したとき、友達の両親が謝りにきても『気にしないで。また遊んであげて』と相手を気づかった。自分が社会に溶け込むとはこういうことかと分かった」

 「障害者だからといって『○○をするな』とも『運動ができないから勉強をしなさい』ともいわれたことはなく、『自分で決めなさい』と放任主義でずっと応援してくれた。自分の行動も振る舞いも自己責任と考えるようになったのは両親のおかげだ。感謝している」

 --趣味は

 「新型コロナウイルス禍の今、制限はあるが休日には施設や店舗などに行く。元来は出不精なのだが、仕事の延長線上でハードとソフトの両面からバリアフリー状況を見てしまう。映画館はスムーズに席まで行けるところが多くなった。読書も好き。人生の5分の1は病院で過ごしており、小説を読むことで非日常生活を味わえる。例えば、まだ諦めてはいないが、歩いたり自転車に乗ったり、サッカーやスキーを楽しんだりすることを自己投影できる」

 --感銘を受けた本は

 「初の南極大陸横断を企てたアーネスト・シャクルトンの『エンデュアランス号漂流記』。南極を目指す航海で遭難し1年8カ月の漂流の末、仲間27人を一人も欠けることなく生還させるまでを描いた探検記。シャクルトンは楽観という真の勇気を持つ優れたリーダーだった。苛酷で絶望的な環境下でも常に『なんとかなる』と楽観的だったから隊員は希望を失わず、心身とも不調を来さず無事に生還できた。やれることを徹底的にやりきったら後は『何とかなる』と気楽になれるということだ」

 --人生にどんな影響を与えたのか

 「入念に準備することが大事だと教わった。2013年の闘病のとき、心肺停止に追い込まれ3日間、昏睡(こんすい)状態に陥った。一命は取りとめたものの、社業に携われず、社員を牽引(けんいん)できないので『会社は大丈夫か』と心配になった」

 「悲観的になるところだが、そのとき『全力で物事に向き合い、後は気楽に行こう』と考え、リハビリを怠ることなく徹底的に取り組んだ。救ってくれたのがシャクルトンの『楽観という勇気』だったわけで、最高の準備をすると楽観的になれるというのはその後の人生に役立っている」

 --コロナ禍の影響は

 「ミライロ設立後は10、13、16、19年と入院した。13年からは『病室支店に異動する』と発信するほどリモートワークには慣れている。コロナ禍で全社員に適用してもスムーズに業務が行える。障害のある社員にとってリモートワークは電車移動という通勤の負担がなくなり、それだけ負荷が減るので好評だ。コロナ収束後もリモートワークはなくならないだろうから社会全体で障害者雇用の増加をもたらすはずだ。コロナ禍というネガティブなこともバリアバリューでプラスに転化できる。ミライロにとっても、障害者雇用についての相談が増えればビジネスチャンスになる」

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