ビジネスアイコラム

「露のザッカーバーグ」が生む犯罪の温床 政権の抑圧に対抗、通信秘匿性高く

 ロシア発の通信アプリ「テレグラム」が犯罪行為に利用されるケースが各国で後を絶たない。秘匿性の高い通信技術に着目した過激派組織が連絡手段として利用したり、麻薬や武器の売買などに頻繁に使用したりしていると指摘されている。通信の自由に抑圧的なプーチン政権に対抗して開発された経緯から、運営者は利用者情報の秘匿を最重要のポリシーとして掲げるが、それが犯罪者に好都合という皮肉な状況が生まれている。(黒川信雄)

 テレグラムをめぐっては、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国(IS)」が通信手段として利用していた事実も判明。日本でも組織犯罪の参加者を募る行為などにテレグラムが頻繁に利用されていると報じられている。

 テレグラムは2013年、ロシアのIT起業家、パーベル・デュロフ氏が開発、公開した無料のメッセージングアプリだ。「エンドツーエンド暗号化(E2EE)」と呼ばれる機能を実装し、データが全て暗号化されるため通信の秘匿性が高い。通信記録も一定時間で自動消去され、「いつ、誰が、誰と通信した」という運営者側が知り得る情報を治安機関などに求められた場合でも、公開しない方針とされる。利用者は現在、世界で約5億人に達した。

 「通信の秘密」をめぐり決して妥協しないデュロフ氏の姿勢の背景には、彼がロシアで受けた抑圧の経験がある。

 「俺たちには、安全に通信する手段がない」

 ロシア西部サンクトペテルブルクの自宅に押し入ろうとした治安当局員らが立ち去った後、デュロフ氏は自国の現状をそう理解したという。「それが、テレグラムの始まりだった」と、同氏は米メディアに述懐している。デュロフ氏は当時、米フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグ氏になぞらえ、「ロシアのザッカーバーグ」と呼ばれ、国内外で知られる存在だった。06年に兄とともに立ち上げたSNS「フコンタクテ」がその理由だ。フコンタクテにフェイスブックと酷似した機能や構成を施し、露国内で爆発的な人気を集めた。

 風向きが変わったのは11年のこと。リーマン・ショック後の不況などを背景に、露国内の反プーチン機運が高まる中、デュロフ氏は当局が要請した野党活動家らのページ削除要請を拒否。武装した治安部隊が同氏の自宅に押しかけた。露当局の意向をくまないフコンタクテとデュロフ氏に対してはその後、厳しい圧力が加えられ、14年には政権に近いとされる企業が買収。デュロフ氏は最高経営責任者(CEO)を解任された。

 そのような対立の最中に立ち上げたのがテレグラムだ。テレグラムは世界各国のサーバーで運用され、露当局が通信を遮断しても、国内外でサービスを提供できる体制を築いた。

 ロシアは14年3月にウクライナ南部クリミア半島を併合して以降、国際的な制裁下に置かれ、経済が低迷。社会不安の増大が指摘される中、多くのSNSが運用を禁じられた。テレグラムもその一つだったが、露当局がサービスを停止する手段がないことから、20年には露国内での禁止が解除。政府に対し、事実上の“勝利”を収めた。

 犯罪の温床となっている実情もあるテレグラムだが、「通信の秘密を守る」技術や方針自体に、罪がないのも事実だ。

 情報セキュリティー大手、トレンドマイクロのセキュリティーエバンジェリスト岡本勝之氏は「秘匿性の高い通信技術を採用したり、利用者情報を収集したりしない通信サービスは他にも登場している。テレグラムが方針を変えたとしても、他のサービスがとってかわる可能性が高い」と指摘する。

 一方でテレグラムは、ビジネスとしての成功も収めつつある。デュロフ氏は今年3月、中東ファンドなどから10億ドル(約1100億円)の資金調達に成功したと発表。資金は、事業規模の拡大や法人向けのプレミアムサービスの開発などに充てる計画だ。

 通信の秘密を順守するテレグラムの方針への評価があるとみられている。テレグラムのビジネスモデルが成功するとの事例を示せば、今後さらに他のサービスも追随する可能性がある。

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