論風

加速する脱炭素化の流れ 一次産業再生の起爆剤に

 世界中で脱炭素化の流れが加速してきた。現状の日本は、脱炭素化では周回遅れの感があるが、ここにきて政府もかなり意欲的な目標を掲げた。国内一次産業でも脱炭素化に向けた課題は多い。一次産業関連温室効果ガス排出量は、日本全体の約4%といわれている。一次産業が国内総生産(GDP)に占める比率は2~3%だから決して取り組みが進んでいるわけではない。(ナチュラルアートCEO・鈴木誠)

 一次産業の温室効果ガス排出量は減少傾向にあるが、それは構造改革というよりは産業の衰退に伴うもので、決して安心できる状況にはない。一次産業には本来、環境を浄化する力がある、海や山や自然に依存している。一次産業は、日本全体の脱炭素化をリードすべき立場といえる。

 中国に次ぐ化学肥料大国

 生産から加工・流通まで含め一次産業サプライチェーン(供給網)の全プロセスを見ると、多くの化石燃料に依存している。実質的には、現状の統計で示されている排出量4%程度では済まないはずだ。農業生産や加工では農機や重油ボイラーで化石燃料を多用している。漁に出る船舶も化石燃料のウエートが大きい。家畜排泄(はいせつ)物から発生するメタンガスも課題だ。小口・多頻度・長距離など無駄の多い非効率な物流システムも多くの二酸化炭素(CO2)排出の原因だ。揚げ句の果てに莫大(ばくだい)なフードロスまで生み出している。

 あまり認識されていないが、日本は中国に次ぐ化学農薬使用大国だ。化学農薬や化学肥料の使用も、脱炭素化に逆行する。国内での有機農業への取り組みは欧米に比べてはるかに遅れている。国産農作物の中で、有機農作物は1%にも満たない。国産農作物が世界一安全安心だと思う人も多いが、少なくとも世界的な評価はそうではない。

 脱炭素化の中、これまでのように化学農薬・化学肥料を多用した農業の見直しは不可避だ。これまでは有機(あるいは減農薬)栽培というと、健康面や安全安心面からの議論がほとんどだった。しかし最近は輸出拡大の要件でもある。グローバル市場では、農作物に限らず、供給サイドの脱炭素化への取組姿勢が販売に影響を及ぼすようになった。国内一次産業の危機は報じられて久しいが、一向に構造改革が進んでいない。ドラスチックな構造改革を進めるにはショック療法が必要だ。

 脱炭素化は、国内一次産業にとっても大きな負担だが、それを逆手にとって、一次産業再生の起爆剤とし、また日本を牽引(けんいん)すべきだ。脱炭素化という現実を直視し、国内一次産業サプライチェーンを俯瞰(ふかん)して見ることで、高い化学依存度から脱却する必要がある。ソーラーなど再生可能エネルギーやバイオマスへの切り替えも、現状レベルで満足することなく、何段階も高める必要がある。

 新技術への転換急務

 エネルギーをより効率的に運用するために、熱交換システムを見直し、エネルギーの無駄遣いを削減し、エネルギーの効率良いリサイクルを進めるべきだ。この数年、海水温の上昇が、漁業や天候に甚大な悪影響を及ぼしている。世界が排出するCO2の3割を海が吸収しているといわれるが、海水温が上昇するとCO2の吸収力が落ちる。温暖化が海水温上昇を招き、海のCO2吸収力は減少し、大気中のCO2がより多くなり、さらに温暖化が進んでしまうという悪循環に陥る。

 今後は化学農薬・化学肥料に過度に依存しない有機(あるいは減農薬)栽培への転換、農機・船舶・ボイラーなどでは、化石燃料依存型から電化・蓄電池など新技術への転換が急務だ。人工知能(AI)や情報通信技術(ICT)などを活用したスマート農業を推進し、一次産業の経営効率や生産性を改善するとともに、複雑怪奇で無駄の多い物流や商慣習の見直し、産業構造や消費者教育の見直しでフードロスを劇的に減らし、農地を活用した土壌炭素貯留と、そのクレジット販売にも取り組む必要がある。

【プロフィル】鈴木誠 すずき・まこと 慶大商卒、1988年東洋信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)入社。ベンチャー投融資担当などを経て98年退社、2003年3月ナチュラルアート設立。農業経営・地域経済活性化・店舗運営・食育プロデューサー。青森県出身。

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