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企業とともに「稼ぐ力」を 福岡県須恵町の挑戦

 明治から昭和にかけ、炭鉱の村として栄えた福岡県の須恵町。人口3万人弱という、この緑あふれる福岡市のベッドタウンが、「将来への強い危機感」を胸に「町の稼ぐ力」の強化に向けた挑戦を重ねている。企業と町が一体となったオープンイノベーションセンター「SUENOBA(すえのば)」を誕生させ、新たなマーケットの開拓と次代を担う人材の育成に乗り出しているのだ。10年後を見据えたチャレンジの背景と狙いは-。平松秀一町長と稲永修司副町長に話を聞いた。

(インタビュアーはSUENOBA事業をサポートする人財育成支援事業会社「秀實(しゅうじつ)社」(東京)の髙橋秀幸社長)

■SUENOBA

 福岡県糟屋(かすや)郡須恵町が平成29年に立ち上げたオープンイノベーションセンター。町が100%出資した株式会社SUENOBAが運営。地域企業の活性化、町の「稼ぐ力」の強化を目指し、

(1)都市圏進出を目指す企業の支援

(2)電力などの共同購買事業

(3)企業間交流事業

(4)外国人技能実習生の受入事業

(5)企業向けコンサルティング事業

 などを展開している。

--(髙橋)須恵町が「SUENOBA」を開設するに至った経緯や背景を聞かせてください

平松 私は昭和53年に役場に入ってからずっと役場勤めで、「鉄板」の公務員人生を歩んできました。その歩みの中で、地元の企業の方々に、いろいろな教えを受けたからこそ、今の自分があると思っています。平成26年、副町長時代でした。安倍(晋三)政権が「地方創生」をうたわれた。要するに、「地方のことは地方でしなさい」と。併せて、国家戦略である人口ビジョンについても、人口が減る、減らないも「地方自治体の工夫で何とかしなさい」と言われた。そのときに改めて、須恵町の置かれた状況を副町長として真剣に考えたのです。

--(髙橋)日本は少子高齢社会が進行し、大都市圏への人口移動により、地方は過疎化に拍車がかかり、深刻さが増しています

平松 そうですね。いろいろな専門家の方に話を聞き、経営セミナーに参加し、日本の経済の今後の動向を勉強しました。その結果、将来に対する懸念を指摘する内容が、すべて須恵町にあてはまることに気付いたのです。要するに、須恵町というのは、日本の標本みたいなところで、中小零細企業しかないのです。ニッチな分野で確固たる技術を持っていらっしゃるので倒産率が非常に低く、その方々によってこの、人口2万8914人(令和3年5月末)の町が支えられています。

 しかし、今後10年間で日本の製造業を取り巻く環境は大きく変化し、人口減少も進みます。国内消費も減っていくでしょう。そうすると、「須恵町の企業は今のままで生き残れるのだろうか。もし生き残れなかったとき、この町はどうなるのだろうか」と考えたときに、行政と企業が一体となって地域を守るパートナーシップを築いていかないと、早晩、この町は何の特色も、魅力もない町になっていくと思ったのです。

--(髙橋)町の将来への強い危機感ですね。自治体の経営者の立場で、将来を予測し、行動されています

平松 おわかりいただき、ありがとうございます。各方面の方にお会いし、その危機感が正しいのかを確かめました。その結果、3万人程度の地方自治体には国の目が届かなくなり、お金(補助金)も先細っていく事態に至ることは間違いないと確信しました。さらに今後10年をみたときに、事業環境の変化の加速によって企業の倒産や廃業が相次ぐと、この町に大きなダメージを与えることは容易に予想ができました。5年前のことです。SUENOBAの原点となる計画を立案し、須恵町企業クラブの皆さんに集まっていただきました。

■須恵町企業クラブ

 須恵町に事業所を置く企業によって昭和46年に設立した地域経済団体。現在、80社余りが加盟。

--(髙橋)どのように危機感と計画を伝えたのですか

平松 「須恵町は今後、企業クラブ、商工会のメンバーの皆さまとスクラムを組んで、イノベーション(新たな価値の創造)を起こしていきたい」、「1社も廃業しないような仕組みをつくっていくことが、この町を支えていく重要なアイテムになる」とお話しました。企業クラブからは「ぜひ、やってください」という返事があり、スタートすることになりました。

--(髙橋)1社も廃業しない仕組みですか…

平松 企業1社に対して、だいたい10社の関連企業があり、1社、そしてまた1社廃業していくことによって、地域経済は加速度的に疲弊していくのです。実は以前、私をかわいがってくれていた企業クラブの経営者がいきなり相談もせずに廃業されたことがありました。その会社は利益を出し、経営は安定していましたが、「自分には息子はおらんし、もういい」と廃業されたのです。私は強いショックを受けたので、今でも記憶に残っています。

 須恵町には後継者がいない企業がたくさんあります。その多くが、規模は小さくても優良企業なのです。そのような企業の事業を継続支援するためには、「中核的な組織を作らないといけない」と考えました。しかし、それを行政主導型でやると必ず失敗すると確信していました。私はこれまでいろいろな事業に関わってきましたが、いくら理念が正しくても、いくらやる気があっても、行政体の職員は3年から5年で異動していきます。そうすると、理念は継承せず、熱意も継承していきません。私は企業クラブの方々と話をして、「町100%出資の企業」を設立することにしました。「須恵町は企業支援でワンチームになる」という理念のもとで…。

--(髙橋)自治体が企業支援の企業を設立するのは珍しいことですが、採算がとれる見込みはあったのでしょうか

平松 立ちあげたものの、なかなか期待通りの広がりを見せずに、3年の時が流れました。大きな転機となったのは一昨年(令和元年)、九州財界の重鎮である松尾新吾・九州経済連合会(九経連)名誉会長(九州電力特別顧問)にお会いしたことです。

 「須恵町の企業を救うためには、全九州の中小企業の皆さんとスクラムを組む必要があります。中小企業を救わないと、これからの自治体経営は成り立たないし、疲弊が進んでいきます」とお伝えしたら、理解を示していただき、「(九経連の)専務理事に会いなさい」とおっしゃっていただいた。すぐに専務理事にお会いして、説明をしたところ、「平松さんがおっしゃっているのは、このこと(九経連作成資料)でしょう。九経連の大命題がこれなんです。自治体がこれに興味を示して、スクラムを組んでやろうとおっしゃられたのは初めてです」と。それから、九経連に入れていただき、麻生泰・九経連会長(当時、現・名誉会長)とお話する機会もでき、趣旨に賛同いただき、「自分がやっていることは間違いない」と改めて確認できました。

--(髙橋)志を持ち、行動してきた結果なのですね。その後、どのように活動されているのでしょうか

平松 須恵町で、(企業支援の)1つの大きなパッケージを作るという目標を掲げました。日本全国の、中小企業しかない自治体にとって参考になる「(企業支援)施策のパッケージ」です。10年後、15年後の地方自治体の経営のスタンダードモデルになるような。しかし、ここ(目標)から先、例えば、しっかりした企業理念作りや経営戦略作りはプロに任せるほうがいいと考えました。幸い、SUENOBAは少しばかり利益を出せるようになりましたので、アドバイザリースタッフを招くことにし、10年先をにらんだ経営の基盤づくりに着手しました。

 高い理想の実現に向けて、SUENOBAの社長である、稲永副町長は苦労するでしょう。しかし、須恵町の将来のためにも現実にしていかなければいけません。

--(髙橋)稲永副町長。現実問題として、須恵町の中小企業の経営者の皆さんは、どのような経営課題を抱えられているのでしょうか

稲永 須恵町にもいろいろな業種の企業があって、一緒くたに「これが経営課題だ」というのは難しいのですが、企業クラブの会員の皆さんとお話しをすると、異口同音に「働き手がいない」と答えます。業種が異なっても、「働き手に困っている」というのが大きな課題と判断し、それをSUENOBAの取り組むべきテーマの一つにすることにしました。具体的には、「特定技能外国人の受入れ支援」です。登録支援機関の認可もとり、SUENOBA事業協同組合の事業として外国人技能実習生の導入実績もありますので、そういった経験を活かし、特定技能外国人を「働き手」として企業に紹介したいと考えています。

 行き着くところは、やはり人材なのです。「人が定着しない」であったり、「新しい人材が入ってこない」であったり…。その中でも「できれば日本人が欲しいんだ」という声もありますので、会員皆さんの希望も踏まえ、有料人材紹介事業にも手をのばしています。

■SUENOBA事業協同組合

 株式会社SUENOBAが中心となり、須恵町商工会並びに須恵町企業クラブと合同で設立した中小企業団体。現在、50社余りが加盟。

--(髙橋)デジタルトランスフォーメーションやイノベーションが進む中、新たな事業やサービスの開発などへ積極的に着手する企業も増えています。SUENOBAには「イノベーションセンター」という枕詞をつけていますが、この点について、町長のお考えは

平松 「イノベーション」という用語には、いろんな定義や捉え方があると思いますが、須恵町にとってのイノベーションとは、皆さんが集まることで、いろいろな情報が集まり、新しいものを生み出していくことだと思っています。

 例えば、父親から引き継いだこの仕事もあと10年はもたない。でも、祖父の代から続くのれんは守りたい。でもやっていけない。どうしたらよいのだ…。このような悩みを抱えている中小零細企業の経営者は多く見られます。その経営者同士が情報を交換し、新たな視点やアイディアを生み、お互いの強みを活かして連携できることに繋げるのがSUENOBAです。

 そして、行政が関与する意味は、何か新しいことを起こす際、許認可や政治の問題などが発生する場合がありますが、SUENOBAが機能することで、手続きや調整の期間が大幅に短縮できます。その結果、人件費や諸経費を軽減できるので、若い経営者は目が輝きます。挑戦して、結果が出ない場合は、すぐに撤退しやすい形を提供し、挑戦を支援することも必要でしょう。

 先ほど、企業クラブの話をしましたが、須恵町企業クラブは、そのような挑戦を生むイノベーショングループなのです。そして、挑戦を生む場がSUENOBAです。

--(髙橋)企業には一般的に、清算と倒産以外に「3つの出口」、すなわち、IPO(上場)、M&A、事業承継があるとされますが、その3つはいずれも「従業員の価値を高めること」が成功のために不可欠であり、私たちがSUENOBA事業をサポートしているのも、須恵町の企業で働く従業員の皆さんの価値を上げるためと考えていますが、いかがでしょうか

平松 SUENOBAの活性化に向けた、町長としての私の大切な役割の1つは、有能なアドバイザリースタッフを招き、企業の成長、従業員の皆さんの成長を後押しすることだと思っています。その結果、若い人たちが成長を実感し、将来に対して夢を持ち、行政にも目を向け、「(町が)ここまでやってくれれば、後は私たちがやります」と言ってくれるようになってくれたら嬉しいです。そのためにも、今おっしゃったように「従業員の価値」を上げることも不可欠だと考えています。

--(髙橋)本日は私どもと業務提携している弁護士の西口竜司さん、行政書士の田村実貴雄さんに同席いただいていますが、町長の今までのお話を聞かれて、どんな感想を

田村 私が得意分野にしているのは財務のサポートです。事業承継するにしても、M&Aをするにしても、財務状況がよくないと、買い手、引き受け手にとっては魅力的ではないので、改善する必要があります。経営者の中には、なんとなく経営をしている人が意外と多くて、「なぜ業績が向上しているのに、お金が残っていないのだ」と一人で悩んでいる人も少なくありません。恥ずかしくて言えないということもあるのでしょうが、意外と経営者にはお金に関する相談相手がいないのです。

 問題箇所を特定するためには、しっかり財務分析をして、因数分解していく必要があります。中小企業の経営者皆さんが財務の面でも、相談できる環境、サポートを受ける環境があるということは非常に大切だと考えています。

西口 (会社の経営が行き詰まっているものの)誰に相談していいいかわからず、末期症状で相談に来られるケースが少なくありません。そのときには打てる処方箋はほとんどなく、「もう閉じてください」としか言えません。もう少し早い段階で相談いただければ、いろんなことができたのにな、と思うことが多いのです。

 須恵町の中小企業の経営者にとって、弁護士に相談にいくというのはハードルが高いかもしれません。「高額な費用が発生するのではないか」と。そういうことが、行動を遅らせる原因になっているのです。早い段階で相談ができる場がつくられていることは、(事業継続のために)とても大事だと思いますし、SUENOBAはそういう機能を高めていけば、町長が懸念されている負の連鎖も防げるのではないかと確信しています。

平松 専門家のご意見は有り難い限りです。他の自治体にとって、企業は税金を払ってもらう対象でしかないかもしれませんが、そのような見方をしていたら自治体は確実に行き詰まります。地元の企業を大切にして、一社でも多く、1年でも2年でも長く、事業をしてもらう。その支援が自治体の役割である。このような視点が自治体には欠けています。企業と自治体がスクラムを組んで共に生き残ろうというのが、SUENOBAです。

--(髙橋)最後に今後の展望と目標をお聞かせください

平松 日本は今後10年間で250万社くらいは廃業、倒産すると言われています。それに伴い雇用も減り、関連する企業も激減するでしょう。このような予測のなかで、SUENOBAの理念に賛同いただいている企業クラブの会員の皆さんには10年後も残っていただき、納税いただけていたら、自治体の経営は安定していることになります。このことに全国の自治体も気づいていただければ、企業と連携し、難題に立ち向かえるのではないのでしょうか。

 日本は昔から中小企業しかないのです。中小企業に支えられている日本を守るためには、自治体が企業を支える考えを持たない限り、「自治体の経営を維持できないよ」と全国の関係者へ伝えたいです。

 SUENOBA設立から4年が経ちました。これから2年で損益分岐点に向かっていきます。そして、その後5年間が企業としての確立期だと考えています。10年後にSUENOBAの形態が自治体の「スペシャル」から「スタンダード」になり、自治体の皆さんへ私たちの実績を提供していくという目標を持っています。

 社長(稲永副町長)には難題に取り組んでもらっています。相当な負担をかけていますが、やりきらないと須恵町は生き残れないという覚悟で取り組んでいます。関係者の皆さま、温かい支援をよろしくお願いします。

■須恵町

 福岡市の東、約10kmに位置する人口2万8914人(令和3年5月末)の町。町名は古墳時代に須恵器が生産されていたことに由来すると言われる。明治から昭和初期まで「石炭の町」として日本の近代化を支えた。歌手の郷ひろみさんの出身地としても知られる。

【略歴】平松秀一(ひらまつ・しゅういち) 昭和29年生まれ。久留米大学卒。53年に須恵町役場の職員になり、同町教育委員会教育長、副町長を経て、平成30年より現職。

【略歴】稲永修司(いななが・しゅうじ) 昭和30年生まれ。福岡大学卒。54年に須恵町役場の職員になり、福岡県介護保険広域連合派遣を経て、平成30年より現職。

【略歴】髙橋秀幸(たかはし・ひでゆき) 昭和52年生まれ、日本大学卒。平成22年に人財育成支援事業会社「秀實社」を設立。著書に「仕事の教科書」(角川フォレスタ)など。

【協力】神戸マリン綜合法律事務所 田村行政書士事務所

【提供】株式会社秀實社

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