【講師のホンネ】櫻田毅 判断の疑似体験で経験積ませる

2014.4.23 05:00

 「部下が自分で判断できないんですよ」

 中堅企業の課長、山岸さん(仮称)のぼやきである。最近の風潮として、上意下達型の「俺についてこいマネジメント」よりも、部下の主体性を期待する「自分で考えろマネジメント」が増えてきている。めまぐるしく変化する環境と多様化する顧客ニーズへの対応として、現場で働く一人一人の主体的な判断力をより強化しようという動きである。だからこそ、「自分で判断できない」という悩みが深刻さを増してくる。

 「ご自身はどうなのでしょうか?」と山岸さんに水を向け、ご自身のことを振り返ってもらうことにした。「私はどんなに難しい局面でも、しっかりと自分で考えて判断していますよ」。ちょっとムッとした表情で答えが返ってきた。「では、山岸さんがそのような判断をした根拠や理由を、部下は理解していますか?」

 「えっ…」

 かつて、部下側の言い分を聞いたことがある。彼らにも自分で考えて判断しようとする気持ちはある。どんな心境なのかというと、「どういう基準で判断すればいいのかがわからない」や「間違った判断をするのが怖い」。このような声があがってきた。入社間もない部下ほど、自分で決めるといった経験が少ないため、判断基準が身についていないのもムリはない。また、それに起因する恐れがあるため、ついつい「どうしたらいいでしょうか?」と上司を頼ってしまう。

 仕事における的確な判断基準を身につけてもらうための一つの方法として、上司が自分の行った判断を部下にトレースさせるという実習がある。つまり、ある案件に対して上司が判断を下したときに、「なぜ私がこのような判断をしたのか、あなたはどう思う?」と部下に問うてみるのだ。

 正解が返ってくるかどうかは関係ない。判断の疑似体験によって経験を積ませることが目的だ。目の前で起きたことを教材として臨場感を持たせる一方、実務に害が及ばない状態で安心して考えてもらうという効果的な学習方法である。

 その後、山岸さんからメールをいただいた。「部下が少しは考えるようになりましたが、私の判断基準があやふやだったことにも気づかされました」。上司はいつも部下とともに成長している。

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【プロフィル】櫻田毅

 さくらだ・たけし 1957年、佐賀県生まれ。アークス&コーチング代表。潜水艦の設計技師から資産運用の世界に転じ、外資系企業の役員など30年の会社人生を送る。独立後は、講師、コーチとして年間約1500人の成長支援に携わっている。

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