日鉄住金建材、津波避難タワーの販売伸ばす “先兵”として役割期待

2016.3.11 07:06

 新日鉄住金傘下で建設用鋼管(パイプ)などを手掛ける日鉄住金建材(東京都江東区)が、津波発生時に活用する避難タワーの販売を伸ばしている。仙台港に隣接する仙台製造所(仙台市宮城野区)が、東日本大震災で津波被害を受けた経験を基に開発した。日鉄住金建材は防災分野の市場開拓に力を入れており、避難タワーに“先兵”としての役割を期待する。

 「東日本大震災レベルの大津波にも対応できる」。仙台製造所の阿部研仁所長は、事務棟の隣にある3階建ての避難タワーを見上げながら胸を張った。

 セーフガードタワーと名付けられた避難タワーは高さ11メートル。3階と屋上だけで200人を収容できる。同工場で製造したパイプで強度を高め、1階部分に壁がなく、波が通り抜けやすいなど設計でも工夫した。

 震災1年後に建設。避難場所として水や食糧を常備しているほか、ショールームとしても活用しており、これまで国内外から延べ2000人が見学に訪れた。同時に外販も始め、静岡県袋井市など20カ所に納めている。

 震災当日、仙台製造所で働いていた76人の社員は、協力会社の社員や近隣住民と敷地内にある高さ5メートルの築山へ避難し、そのまま夜を明かした。築山は1977年の工場建設時に余った土砂で造成したもので、以前から避難場所に指定していた。

 約1時間後に襲来した津波は2メートル下まで迫り、孤島状態になったが、外出していた工場長以外は生き延びることができた。本社が派遣した支援部隊の一員として、翌日の夜中に駆けつけた阿部所長は「製造設備は壊滅状態。がれきに交じり転がっていた車は車種が分からないほど潰れていた。よく助かったものだ」と被害のすさまじさを振り返る。このときの経験が、避難タワーの商品化を後押しした。

 仙台製造所は約60億円の損害を出したが、2012年5月には早くも全面復旧にこぎつけた。

 その後2本の製造ラインを追加し、従業員は約100人に増えた。東京都心の建設ラッシュを追い風に、震災前を上回る生産が続く。もともと仮設住宅用のパイプを手掛けていたが、避難タワーの商品化で防災分野のラインアップも広がった。

 避難タワーの主要顧客である地方自治体は財政が苦しく、老朽化した橋梁(きょうりょう)などへの対応を優先せざるを得ない状況だ。阿部所長は「防災に役立つ商品を提案していくのは被災企業の責務」と述べ、さらなる販売拡大に意欲を示した。

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