プリウスは「もう特別なクルマじゃない」 豊田章男社長が語るエコカー新戦略

2016.10.11 06:57

豊田章男社長インタビュー【後編】

 「プリウスはカローラになった」……米国でのエコカー規制のルール変更を受けて、今後、注目が集まるのがこの冬発売予定の「プリウスPHV」だ。トヨタのエコカー戦略はどう変わるのか、豊田社長に聞いた。

 トヨタが袖ケ浦フォレストレースウェイで開催した、新型プリウスPHVの先行試乗会に、サプライズで現れたトヨタ自動車の豊田章男社長。前編に引き続き、豊田社長のインタビューを掲載する。後編のテーマは、この日の試乗会の主役である新型プリウスPHVと、トヨタのエコカー戦略についてだ。

 グローバルのエコカー戦略はどうなる?

 トヨタは現在グローバルなエコカー戦略として、ハイブリッドカー(HV)の「プリウス」、プラグインハイブリッドカー(PHV)の「プリウスPHV」、水素を使った燃料電池車の「MIRAI」というラインナップを揃えている。

 今回先行試乗会が行われたプリウスPHVは、ハイブリッドカーと電気自動車のいいとこ取りをしたようなクルマだ。プリウスと同じように給油さえすればハイブリッドとして長距離走行が可能な一方、家庭用の100V/200V電源から充電でき、電池が切れるまではエンジンを使わない電気自動車として走れる。

 プリウスPHVは、トヨタにとって重要なクルマなのではないか? という質問に対して、豊田社長はこう答えた。

 「どれか1台だけを特別にプッシュしようとは思っていません。トヨタの全てのクルマに思い入れがなきゃ、おかしいじゃないですか?」

 初代プリウスPHVは2012年発売で、今回の新型が2代目となる。車名別販売台数ランキングでトップの常連だったプリウスに比べると販売・生産台数は微々たるものだが、プリウスPHVこそトヨタがハイブリッドカーに次ぐスタンダードになると期待している次世代環境車なのだ。しかも米国でエコカーに関する規制が変更になり、特に北米市場ではプリウスPHVが売れてくれないと困ったことになる。その渦中でのこの答えを聞いて、少し意外に感じた。

 環境技術は普及しなければ意味がない

 トヨタを筆頭に、日本の自動車メーカー各社が世界のトップと互して戦えるのは、北米市場に強いからという面が多分にある。ところが2018年から、北米での売上に大きく貢献していたプリウスが、日本で言うところのエコカー認定から外されることに決まった。しかも日本のエコカー制度のように、補助金が出るか出ないかというレベルの話ではなく、販売台数の一定比率をエコカーで賄わなければ多額の罰金を科せられるという厳しい制度だ。だからこそ今後は、エコカーとして認定されるプリウスPHVを、プリウスに代わり数多く売っていかなくてはならない。「全てのクルマが大事」という理念を掲げつつも、これからのトヨタは新型プリウスPHVを成功させなくてはならない大変な状況なのだ。そういう北米の規制についての所感を尋ねると豊田社長の言葉はむしろ明るかった。

 「プリウスはこの20年、エコカーをリードしてきたのですが、それだけの時間をかけて、また普及という意味でも、もう特別なクルマではなくなりました。カローラと同じで、当たり前になったんです。確かに北米の特別枠から外れましたが、こと環境に関しては、どんなに素晴らしい技術であっても、普及しなければ意味がありませんからね」

 カローラ並みに売れたプリウスはもう特別枠ではなく、ガソリン車同等の“普通のクルマ”として、環境貢献を当たり前にしていくことになった。言わば“エコカー”を卒業したのだと豊田社長は捉えている。

 新型プリウスPHVはどんなクルマなのか

 さて、北米市場でのエコカーの主役になるという重責を担うことになったプリウスPHVに話は移る。先代のPHVは販売的には成功したとは言いがたいものがあった。そこで今回、旧型の時に寄せられた声を元にさまざまな面から見直し、十分に対策を練って新型は登場した。

 PHVとはプラグインハイブリッドの略であり、普通のハイブリッドカーと違って、家庭用電源から充電ができる。つまりバッテリーが充電されていれば、スタートしてから電気を使い切るまでは一切エンジンを使わずに、電気自動車(EV)として走ることができるのが特徴だ。この電気だけで走れる距離を「EV走行距離」という。

 プリウスPHVのEV走行距離は、初代では発表値で26.4kmだったが、新型ではこれを大幅に伸ばし、60km以上とした。「EV走行距離が短い」という声に応えたものだ。

 顧客調査で不評だった点はもう1つある。それは「プリウスとの差別化が十分でない」という声だ。プリウスPHVは普通のプリウスに比べ、旧モデルで50万円弱の価格差があった。これは補助金分を補正した上での実売価格の差額だ。プリウスよりも50万円高いにも関わらず、見た目ではほとんど判別が付かなかった。しかし顧客は「価格差なりの差別化をしてほしい」と求めたのである。

 新型プリウスPHVの価格はまだ発表になっていないが、おそらく新型プリウスと比べて同程度の価格差はあると思われる。そこでトヨタは、今回はひと目で分かるようにプリウスPHVのデザインを変えた。フロントにはプリウスの異形ランプとは異なり片側4連のLEDランプを組み込み、エコカーのフラッグシップであるMIRAIとの共通性を高めている。こうした差別化によって、プリウスPHVの位置づけをはっきりさせた。

 社内カー・オブ・ザ・イヤー

 豊田社長は以前から「いいクルマを作ろうよ」と折に触れて語っている。個人向け乗用車、商用車を含めさまざまなクルマをフルラインナップで製造・販売しているトヨタにとって、いいクルマというのは1つではないはずだという思想は、前編で述べた7カンパニー制の話にもつながる。

 「もっと違う形でトヨタのいろんなクルマに光を当てていきたい。そう考えて、2010年から社内で『トヨタアワード』というのを始めました。これはトヨタの従業員の投票で決まる、社内のカー・オブ・ザ・イヤーです。社員投票で選ばれたのはプリウスとレクサスIS250Cでしたが、わたしはレースに出る時に使っているモリゾウというニックネームにちなんで『モリゾウ賞』を作り、タクシー車両の『クラウン・コンフォート』と『コンフォート』を選びました※1。地味でも社会に無くてはならない名脇役。そういうクルマにスポットライトを当てたいと考えたんです。

 このモリゾウ賞は、毎回社員が意外に思うようなクルマを選んでいます。世界中で活躍している『ハイエース』とか、北米でずっと売れ続けている『カムリ』とか※1。でも、同じことをずっと続けているとただの慣習になってしまう。変わったクルマを選んでも誰も驚かなくなります。それでは意味がないので、現在はモリゾウ賞は止めてしまいました※2。大事なのは、全部のクルマがトヨタの過去も未来も支えているということであって、今年のスターを1台だけ選ぶことには、あまり意味はないんです」

 トヨタは現在、世界の新車販売台数でトップを走っている。豊田社長の7カンパニー制という大胆な組織改革や、社内アワードの創設などの意識改革によって、大きくなり過ぎたトヨタが自己改革できるかどうか、この数年でそれが決まる。プリウスPHVはその重要な一歩になるはずだ。

 ※1 編集部注:クラウンコンフォートとコンフォートは2010年度(トヨタアワード2009)、ハイエースは2014年度(トヨタアワード2013)、カムリは2012年度(トヨタアワード2011)のモリゾウ賞を受賞した。

 ※2 編集部注:モリゾウ賞は2015年度で終了したが、社内カー・オブ・ザ・イヤーは現在も続いている。(文=池田直渡)

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