【変わる働き方】(1)残業規制、本質は業務効率化

2017.5.3 05:00

 ■無駄省き「可視化と選別」徹底

 4月上旬、参議院議員会館で行われた超党派の国会議員の集会で、寺西笑子(えみこ)(68)=京都市伏見区=はマイクを握りしめ、険しい表情を崩すことなく訴えた。

 「政府の働き方改革は、まだまだ十分議論されていない。今のままでは過労死を合法化してしまう」

 1996年2月、飲食チェーン店勤務の夫、彰=当時(48)=を亡くした。厳しい売上高のノルマを課せられ、過労の末に自殺。「寺さん悪かった、許してくれ」。上司は、彰の亡きがらに土下座した。

 寺西は「妻として何もできなかった」と悔やんだ。その後、過労死に認定基準が設けられ、過労死等防止対策推進法が成立したのも、寺西ら遺族の尽力が影響している。寺西には「諦めず、涙を怒りに変えて、道なき道を切り開いた」という自負がある。しかし-。

 「かつての『モーレツ社員』という考え方自体が否定される日本にしていく」。3月末に決定された「働き方改革実行計画」は、力強くこううたい上げる。だが、計画の中では残業時間上限を「月100時間未満」と記載した。悲惨な遺族をさらに生み出すつもりなのか。寺西は言う。

 「遺族として断じて許せません」

 ◆「一生懸命を否定」

 電通の新入社員、高橋まつり=当時(24)=の過労死事件を機に、「働き方改革」は長時間勤務や過剰な残業の是正を求める社会的な風潮となった。だが、身を粉にして働いた「モーレツ社員」の完全否定に首をかしげる人もいる。60年に三洋電機(現・パナソニック)に、入社した熱田親憙(ちかよし)(80)=大阪府寝屋川市=もその一人だ。

 「一生懸命働くことが否定され、自分が社会に貢献しているという手応えを失ってしまわないだろうか」

 84年、三洋は1人暮らしを始める大学生や社会人を対象に、小型で低価格な家電シリーズを売り出した。後に藍色のロゴが有名になった「it’s(イッツ)」だ。

 「新しいことをやるときは楽しかった。ロマンだね。業界にムーブメントが起きて、押せ押せムード。売れに売れた」。当初、藍色を使った“白物家電”は社内でも議論を呼んだ。「どうしたら説得できるか、血みどろに24時間考え続けた」という。

 夜の8時や9時から会議が始まることはザラだった。若者の声を聞くため毎週金曜日、大阪から東京・六本木の盛り場に通った。「耳をそばだてながら、彼らがどういう生活をしているかリサーチするため」だった。

 こうした経験から元モーレツ社員は言う。

 「残業規制は二の次ではないか。自ら仕事をつくってモチベーションが上がれば、忙しくてもストレスにはならない。猛烈に打ち込む仕事の否定までしてほしくない」

 オフィスビルから夜のともしびが消える風景が珍しくなくなってきた。

 東京都庁では午後8時を過ぎると、照明は15分ごとに自動で消える。小池百合子の知事就任後、昨年10月から8時の「完全退庁」を目指しているからだ。

 「限られた時間を都民のサービス向上に使おうという機運につながってきた。これまで会議の資料に、緻密なデータや調査結果を盛り込んだりしていたが、そうした内向きの作業は簡素化するようになった」。男性職員(45)は肯定的に評価する。

 早帰りを意識付けるオフィスの「一斉消灯」は、長時間労働や違法な残業を防ぐという企業の姿勢を分かりやすく示す意味がある。ただ、働き方を本質的に変えなければ、すぐに形骸化する。

 日本IBMでは既に20年以上前から実施している。だが、社員からは不満の声も漏れる。ある女性社員(38)は言う。「若手社員に『電気をつけ直す』という仕事を増やしているだけ。早く帰るようにという会社のメッセージとは誰も受け止めていない」

 同様に日産自動車でも行われているが、女性社員(36)は「一斉消灯は根本的な解決にはならない。生産性の高い仕事をした結果、残業が減るというサイクルにしなければ意味がない」と辛辣(しんらつ)だ。

 ◆深夜に自宅で仕事

 表面的な残業規制は、仕事を自宅に持ち帰り、休日をつぶして社業にあたる「サービス残業」や「ヤミ出勤」にもつながる。

 「あの頃は生活がめちゃくちゃだった」

 東京都内の会社員、川崎典子(37)=仮名=はこう振り返る。小売り大手で5年前、米国や中国など海外関連事業に携わった。同社の一斉消灯は午後6時半。役員自身がオフィスの消灯状況を見回っていた。しかし、海外との取引には時差がある。会社からノートパソコンを持たされ、深夜に自宅で作業せざるを得なかった。

 「持ち帰った仕事はタダ働きで、残業規制は迷惑だった。心身を壊せば、勝手に残業したせいだとみなされる空気もあった」。育児との両立も限界となり、迷わず転職した。

 「残業規制なんて、かけ声倒れだ」

 ◆17時退社でも増収

 残業を抑制し、仕事を持ち帰らず、なおかつ業績を伸ばし続けることは可能なのか。

 化粧品開発・販売のランクアップ(東京都中央区)は、「業務が終われば30分早く帰っていい」というルールの下、約50人の社員ほぼ全員が午後5時に退社する。にもかかわらず、創業から10年連続の増収を果たした。秘訣(ひけつ)は徹底した業務の可視化と選別だ。

 同社では、社員が業務時間や内容を表に書き出す作業を行っている。社員一人一人の業務を会社が把握し、会社の成長に不要な業務は思い切ってやめる。入力作業はシステム化するなど、定期的な見直しを行い、業務過多をなくす取り組みを継続してきた。鍵となるのは仕事の効率化を徹底し、社員の生産性をいかに高めるかだ。

 「働く者にとって、残業をした方が楽なことが多い。だが、少しでも許すと『残業よし』とする空気に支配される。常に『必要な業務は何か』を見直し続けることが大切だ」。社長の岩崎裕美子(49)はこう話す。

 日本生産性本部生産性研究センター主席研究員の木内康裕は「日本は社内調整に時間をかけて会議が多いなど、無駄なことがまだまだある」と指摘する。健康や人の生命と、経済成長とをはかりにかける働き方が当たり前であってはならない。無駄を省き、必要な所に働く人の力を集中する。仕事の“本質”の見極めが今、問われている。(敬称略)

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 「1億総活躍社会」の実現に向けて、政府は働き方改革の実行計画をまとめた。日本の働き方における大きな転換点となるのか。改革の行方と課題を探る。

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