【21世紀を拓く 知の創造者たち】東レ 膜利用バイオプロセス技術の追求

2017.6.23 05:00

 ■スケールアップ実証で事業化へ道

 高性能水処理膜で世界トップクラスの東レ。その水処理膜技術とバイオ技術を融合し、食料と競合しない非可食バイオマスから各種化学品を製造する「糖化」と「発酵」の各プロセス技術開発を進めている。将来的には、東レのポリマーまでサプライチェーンの構築を狙いつつ、膜プロセス技術そのものの普及・事業化も目指している。そこで今回、同プロジェクトを担当している4人の研究者に研究内容や今後の目標などを聞いた。

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 □山田勝成さん 横断的な交流期待

 ▽やまだ・かつしげ 先端融合研究所リサーチフェロー 研究主幹

 □栗原宏征さん 事業化につなげたい

 ▽くりはら・ひろゆき 先端融合研究所主任研究員

 □耳塚孝さん 異分野の意見大事

 ▽みみつか・たかし 先端融合研究所主任研究員

 □畠平智子さん 幅広い用途に拡大

 ▽はたひら・さとこ 地球環境研究所主任研究員

 --現在の担当業務は何ですか

 山田 水処理技術とバイオ技術を融合した膜利用バイオプロセス全体のプロジェクトリーダーです。膜利用バイオプロセスは「糖化」と「発酵」からなり、「糖化」は非可食バイオマスから化学品製造の共通原料となる高品質・安価な糖を製造するプロセス、「発酵」では、糖を原料としてエタノールなどの化学品製造を高効率化するプロセスです。

 栗原 膜利用糖化プロセスのテーマリーダーです。テーマの立ち上げから研究に関わっており、現在はタイでの技術実証を推進しています。本研究・開発の最終目標は、非可食バイオマスから化学品までのサプライチェーンを構築することですが、その前段の課題として各プロセス技術を仕上げるためのスケールアップ実証が必要です。スケールアップ実証の実現には、原料を保有する企業、あるいは当社と同じく非可食バイオマスからのサプライチェーン実現を目標とする企業との連携が必要です。スケールアップが実現し、その有用性が実証できれば、膜プロセス技術そのものの事業展開も視野に入ってくるものと考えています。

 耳塚 私は膜利用発酵プロセスのテーマリーダーです。現在は、最大の発酵製品であるエタノール生産の効率化を課題に研究・開発を続けています。

 畠平 現在、地球環境研究所で膜モジュール・膜プロセスの開発に携わっています。水処理向けの膜技術とバイオ向けの膜技術では要求される特性が違うので、今回のプロジェクトでは水処理用途で当社が培ってきた知見・知識をもとにバイオプロセスに合わせた膜モジュールの研究・開発を行っています。

 --今回のプロジェクトで苦労した点は何ですか

 栗原 研究者は皆ある程度共通なのかもしれませんが、研究を進めていくと面白い知見が見えてきて、競争力のある良い技術ができつつあるのではないかと思いはじめます。そこで他社と共同研究を行うのですが、想定していなかった技術的な問題であったり、企業の方向性・ビジョンの違いによって中断したことが何度もあり、そのたびに反省しました。ただ、こうした失敗があったからこそ、次は失敗したくないと思うようになります。

 耳塚 研究者ながら全く経験のないことに踏み出さないと前に進まないので、その一歩を踏み出すことが毎回大変です。例えば、発酵設備の設計では、社内の関連部署のサポートはあるものの、配管バルブや使用するゴム素材など細かい選定も技術内容と照らしベストなものを自ら判断する必要があり苦労します。

 畠平 濾過(ろか)を目的とした水処理膜は通常、汚れとの闘いですが、バイオプロセスの濾過対象液は有機物が特に多く含まれていて、それに対応する膜の開発は大変です。水処理で蓄積してきた技術を駆使して研究・開発を進めていますが、水処理用途よりも汚れやすいのでハードな物理洗浄をしようとすると膜の耐久性が課題になります。要求される技術レベルが高く、それに応える技術構築が大変です。また、バイオプロセスでは殺菌や滅菌に薬液を使用したり、熱処理を施したりしますが、その面でも水処理とはレベルが違うので苦労します。また、研究・開発で連携するパートナー企業が変わると使用する原料バイオマスも変更になるケースが多く、幅広く対応するのが大変でした。

 --数あるバイオマスの中で、バガスに注目した理由は

 山田 バガスは製糖工程から自動的に得られるので、価格的にも使いやすいというのが大きな理由です。例えばコーン畑から採れるコーンストーバーは、収集や輸送などを考慮するとコストがかかります。製糖工場ではバガスを燃やして工場内の蒸気と電気を賄っており、現在ではバガスを原料に発電した電気を販売するというビジネスも世界中で始まっています。しかし、付加価値の高いビジネスではありません。バガスの活用方法としてケミカル製造が実現すれば、製糖メーカーにとっては事業拡大が図れるとともに、当社としても今回のプロジェクトが大きく前進します。

 栗原 今、連携を進めている企業とビジョン共有できたのも大きいですね。現状の課題やその解決方法などを話し合う中で、お互いの考えを理解し方向性が定まってきたというのがあります。

 --今回のプロジェクトに関わって、これまでの業務経験が生かされていることはありますか

 畠平 私は以前、先端融合研究所でバイオ分野の研究を担当していました。地球環境研究所には、膜利用バイオプロセスに関するバックグラウンドをもった研究者は私だけでしたので、それを水処理膜とリンクさせる今回のプロジェクトにはその経験が生かされています。

 耳塚 大学は化学工学系で発酵の知識がなく入社しました。ただ、今回のプロジェクトに限らず、異分野の人間でも自らの意見を言ってきました。そこから新たな発酵生産ターゲットを設定できたこともあります。要は、研究やプロジェクトを進めていくには、異分野の人が考えを述べることは重要だと思いますね。

 山田 私は化成品研究所で約20年、「L-リジン」などバイオ化成品の研究を担当してきました。その後、先端融合研究所で新しいテーマを立ち上げるということに携わり、研究者のテーマ提案会などで精密濾過膜の可能性にヒントを得ることができました。研究者が横断的に交流することで、新しい発想や課題解決のきっかけになるということを実感しましたね。

 --今後の目標は

 栗原 今回、やっと念願のスケールアップ実証がタイで進められることになりました。ただ、まだ研究段階の側面も強く、皆さまのご協力をいただきながら、実証成功、さらには事業化にまでつなげていけるようにしていきたいです。

 耳塚 課題であるスケールアップ実証を成功させ、最終的には多くの企業に開発したプロセスを使ってもらうことです。また、手掛けた仕事が子供に胸を張って言えることですね。

 畠平 最終的にユーザーに利用してもらえる技術に仕上げていきたいです。また、今回のプロジェクトで培った膜利用技術を、他のバイオ用途や食品・飲料向けなどに広げていきたいです。

 山田 「糖化」「発酵」ともに、膜利用バイオプロセスのスケールアップ実証、事業化につながるところまで頑張っていきたいです。一方で、本プロジェクトは非常に長期のテーマです。テーマを次の世代を担う研究者に引き継ぐとともに、これを通じて大きく育成すること、また、次の新しい研究の種を生み出すことに貢献したいと思っています。

【会社概要】東レ

 ◇本社=東京都中央区日本橋室町2-1-1 日本橋三井タワー

 ◇社長=日覺昭廣氏

 ◇設立=1926(大正15)年1月

 ◇資本金=1478億7303万円(2017年3月末現在)

 ◇従業員数=4万6248人(同)

 ◇事業内容=繊維事業、機能化成品事業、炭素繊維複合材料事業、環境・エンジニアリング事業、ライフサイエンスほか

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 フジサンケイビジネスアイは「独創性を拓く 先端技術大賞表彰制度」を設けております。このシリーズは2016年の運営に協力いただきました協賛企業の研究開発活動を紹介するものです。

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