ドヤ街「あいりん地区」の次は… 星野リゾートが狙う意外な土地

2018.2.26 16:00

 京都府南東部の山間部に位置し、宇治茶の生産地として知られる和束(わづか)町に、インバウンド(訪日観光客)向け宿泊施設の建設計画が浮上した。名乗りを上げたのは、高級ホテルを展開する星野リゾート(長野県軽井沢町)。観光資源に乏しく交通の便は悪いが、星野佳路(よしはる)代表は「茶畑の美しい景観がオンリーワン。観光客を呼び込めるツールだ」と太鼓判を押す。星野リゾートといえば、「あいりん地区」で知られる大阪・新今宮にリゾートホテルを整備することが決まっている。和束でも地域活性化の起爆剤になると期待が高まる。(勝田康三)

「宿泊業界の雄」登場

 和束町で数少ない宿泊施設、京都和束荘に1月末、星野代表、堀忠雄町長、仲介にあたった山田啓二知事の3人が顔をそろえた。星野リゾートによる宿泊施設の整備に向けたパートナーシップ(連携)協定書に調印し、笑顔で握手を交わした。

 会見の席上、星野代表は和束進出の理由として、文化庁の「日本遺産」に認定された茶畑の美しい景観▽日本茶という日本文化のコンテンツ▽関西空港のほか大阪や京都、奈良からのアクセスが良い-の3点を挙げた。

 「世界から観光客を呼び込める魅力がある。オフシーズンもなく、バランスの取れた集客も可能だ」と強調。そのうえで単年度の入り込み数ではなく、中長期的に安定的な集客を目指した戦略を検討していく方針を示した。

 山田知事は「新しい観光を作り出すスタートの日」、堀町長も「滞在型の観光につながる連携協定を結べ、まちづくりへ大きな弾みになる」と持ち上げた。

 しかし、会見での説明からは建設場所や規模、オープン予定日、ホテルか旅館かという業態など、計画の概要が全く見えてこない。そのため、報道陣から質問が相次いだが、星野代表は「連携協定を結んだ和束町、京都府との3者で一緒に考えていきたい」との説明を繰り返し、今後、町民も巻き込んで具体化させていくとした。

なぜ和束に?

 和束町は人口3800人余り。主要産業は茶生産で、府内産「宇治茶」の45%のシェアを占める。山並みに広がる茶畑が魅力で、町は「茶源郷(ちゃげんきょう)」としてアピール。町内を訪れる観光客は約9万人(平成28年)で、年々増えているという。

和束町が位置するエリアは南山城地域と呼ばれ、大阪や京都、奈良のベッドタウンとして宅地開発が続く木津川市や京田辺市、精華町なども宿泊施設が極端に少なく、ホテルの空白地だ。このため日帰り観光が多いのが実情だ。

 そのため、個別にホテル事業者などと交渉を進める自治体もあり、誘致合戦に力を入れる。「観光客やビジネス関係者が滞在すれば、地元で買い物などをしてくれ、確実にまちおこしにつながる」(自治体関係者)からだ。

 そこに登場した星野リゾート。星野代表の手腕に期待する声は高まるばかりだ。ホテル経営に加え、経営不振に陥った旅館などを立て直すビジネスモデルを確立。夏場は閑散とする北海道のスキー場に雲海を楽しめる施設を設けて通年の観光地に育てるなどした実績があるためだ。

 さらに同社は昨年4月、大阪市中心部の新今宮駅(浪速区)周辺で2022年にリゾートホテルの開業を目指すことを表明。新今宮といえば、近くに通天閣や新世界、日雇い労働者が多く集まる街「あいりん地区」がある大阪らしい土地柄。リゾートホテルのイメージからはかけ離れている。JRと南海電鉄、地下鉄が接続する立地の良さに加え、「ディープな文化体験」(星野代表)を観光の売りにする戦略は、地元や世間を驚かせた。

京都観光の混雑緩和に効果あり?

 星野リゾート進出の仲介を果たした京都府にとっても、人気観光地が大混雑するなど飽和状態となっている京都市から周辺部へ、観光客を分散させることが課題となっている。

 京都市には、年間5千万人を超える観光客が訪れる。中心部では京町家が姿を消し、ホテルや簡易宿所の建設が相次ぎ、地域のコミュニティーが崩れていく危険性も指摘される。

 山田知事は「(増え続ける観光客は)京都市のキャリング・キャパシティー(収容力)を超えつつあり、京都の魅力を守ることに齟齬(そご)が出始めている」と危機感を募らせる。このため府は日本海に面する北部や自然豊かな中部、宇治茶がブランド化している南部をPRする「海、森、お茶の京都」の施策を進めているが、効果は道半ばだ。

 近畿大経営学部の高橋一夫教授(観光マーケティング)によると、観光学では「いらだち度モデル」と呼ばれる指標がある。観光客が収容力を超えると、地元住民は不満を募らせ、最後には観光客を敵視しだすという。高橋教授は「世界の観光地でもみられる現象で、京都府が京都市から地方へ観光客を分散させる施策は正しく、地域観光を守るというメッセージにもなる」と評価する。

 京都南部では、2023年に宇治田原町に新名神高速道路のインターチェンジができ、北陸新幹線の新駅が京田辺市内に整備される予定。将来的な交通アクセスは今以上に良くなるからこそ、周辺自治体も地域発展の可能性に期待を膨らませる。

 意外性が注目されがちな星野代表の和束町進出も、こうした行政施策やインフラ整備の進捗(しんちょく)を冷静に見据えたうえでの決断なのだろう。観光地にどのように経済的価値を生み出していくのか、その手腕が注目される。

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