【木下隆之のクルマ三昧】量産モデルより先にレース仕様…トヨタ異例の開発手法に業界騒然 “新型スープラ”の持つ深い意味

2018.3.30 07:00

 3月6日に開幕したジュネーブ国際自動車ショーのトヨタブースは、プレスカンファレンス開幕前から高揚した雰囲気に包まれていた。というのも、2002年から生産が途絶えていたスープラのレーシングモデルがデビューすると噂されていたからである。

 日本が世界に誇るスポーツカー

 「トヨタ・スープラ」

 その車名を聞いて、郷愁を感じる読者の方もおられよう。昭和を彩った、トヨタを代表するスポーツカーである。

 初代スープラのデビューは1978年だというから今から40年も前になる。その後、2002年に生産が中止されるまで、4世代にわたって生産され続け、人気モデルであり続けた。

 特に、4世代目のA80型スープラは、モータースポーツでも活躍した。国内最高峰カテゴリーである全日本GT選手権では3回もの年間王者に輝いているし、栄光のル・マン24時間にも出場している。

 実は僕もこのマシンでGT選手権を戦っている。ドイツのニュルブルクリンク24時間にも遠征している。トヨタの代表という枠を超えた、日本が世界に誇るスポーツカーなのである。

 小首をかしげた方は相当のクルマ好き

 そう、そんなスープラが、レーシングモデルとして姿を現した。その名は「GRスープラ・レーシング・コンセプト」。ル・マン24時間の車両規則であるLM-GTEに沿ってチューニングされている。

 と、ここで「何かおかしいぞ」と小首をかしげた方は相当のクルマ好きか業界通であろう。そもそも新型スープラは、まだデビューしていない。発表もされていない。だというのに、先にレーシングマシンが姿を現したのである。違和感の元はそれだ。ベース車両がないのに改造車両が生まれたという逆転現象である。

 公道を走る量産モデルが発表されたのち、ある一定の開発期間を経てからレーシング仕様が後追いする。それが一般的な新モデルデビューのスタイルだ。

 あるいは、自動車メーカーは自社がラインナップするモデルの中からレースで都合がいいモデルを選択し、勝てるように改造して戦う。それがこれまでの常識だった。

 どちらにせよ、量産市販車デビューから早くても半年、遅ければ数年後にレーシングマシンが誕生する。これがこれまでの開発スケジュールなのである。

 開発責任者の興味深いことば

 ところが今回は違った。まだ市販車の姿は公表されないのに、先行してレーシングマシンが発表されたのだ。

 実はこれが深い意味を持つ。その件を開発責任者の多田哲哉氏に聞くと、興味深い回答が得られた。

「あとからレース仕様に改造すると『市販モデルがこうだったら楽なのに…』ということが発生します。だったら、あらかじめ細工をしておこうということです」

 つまりこうだ。レースの車両規則には、厳格に改造範囲が定められている。自由勝手に改造することは許されない。市販モデルの面影を、ある程度残さなければならない。それが足枷になることがある。

 例えば、「エンジンルームが狭いから大きなエンジンが積めない」「フロントグリルが小さいので、水温が上がってしまう」「車幅が足りないからコーナリング性能が悪い」といった不具合が生じる。だったら、市販状態からレース仕様を頭に入れ、エンジンルームを広くしたりグリルを拡大させたり、安定性の高いボディにしておきさえすれば、レース仕様への改造が容易になるというわけだ。

 多田氏は具体的に指摘してくれた。

「例えば前後フェンダーの空気吸排気口がその一つの例ですね。ここで空気を整流したい。市販車の段階であらかじめデザインしておけば有利ですよね」

 まもなく産声を上げる量産スープラ

 このようなレーシングカーを先行開発するという前代未聞の手法は、市販モデルとレーシングモデルが密接な関係にあることの証拠である。

 まもなく産声を上げることになる量産スープラは、レースでも通用する戦闘力を秘めていることを意味し、「GRスープラ・レーシング・コンセプト」は規則に縛られることなく自由に戦闘力の翼を広げることができるのである。

 今回の「GRスープラ・レーシング・コンセプト」は、華やかなレーシングマシンの単純なデビューと簡単に片付けられない深い意味を持つのである。

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【木下隆之のクルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は隔週金曜日。

【プロフィル】木下隆之(きのした・たかゆき)

レーシングドライバー 自動車評論家
ブランドアドバイザー ドライビングディレクター
東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。

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