【高論卓説】米の輸入車関税引き上げ検討 現地経済に寄与する生産体制再構築を

2018.6.8 06:05

 米朝首脳会談に主眼が移っているが、5月末に飛び出した米国通商拡大法第232条(以下第232条)に基づいた自動車・自動車用部品の輸入調査開始と最大25%の関税賦課の検討のニュースを忘れてはならない。これは、まとまらない北米自由貿易協定(NAFTA)修正へ業を煮やした米政権のいらだちが見て取れ、日米通商交渉が厳しさを増す号砲として捉えるべきだろう。

 トランプ米政権は矢継ぎ早に通商政策を進めている。NAFTA修正を進めつつ、対中国への追加関税、第232条に基づく鉄鋼・アルミニウムの輸入規制、そして自動車・自動車用部品の調査開始だ。4月18日の日米首脳会談で決定した茂木経済再生相とライトハイザー米通商代表部代表との間での「日米通商協議」は6月後半にも始まる。688億ドル(約7兆5680億円)に上る対日貿易赤字の縮小に関する議論が始まるわけだ。

 米国側は自由貿易協定(FTA)も視野に入れた2国間の協定、日本側は米国を除く11カ国が参加する環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の発効と米国の復帰を目指す。いうまでもなく日米の溝は際立って深い。

 2017年の米国のモノの貿易赤字は7962億ドルと巨大だ。主体は中国であり、対日貿易赤字は688億ドルで存在は大きく後退した。そうは言っても、日本は中国、メキシコに続く3位の赤字国であり、解決策を求めていかなければならない重要な交渉国であることは明らかだ。

 米自動車市場は、販売台数の約52%を日本、カナダ、メキシコなど国外から輸入する。単純に25%関税を前提にすれば、国内自動車メーカーが受ける関税賦課の影響が多大であり、19年3月期予想の業界合計の営業利益の46%に達する。マツダは連結利益が吹っ飛ぶ計算となる。17年に議論が盛り上がり、その後、廃案に追い込まれた国境税調整からの影響分析と規模がおおむね一致するところが興味深い。

 こういった影響試算だけが独り歩きし、危機をあおることは2国間の交渉上は不利に働き国益に反すると考える。大切なことは、米国政権の真意を理解し、交渉を有利に進め、さらに強い自動車産業に成長できる方向性を検討すべきだろう。

 国内自動車産業は2度の大規模な生産体制の構造調整を実施してきた。第1期は、1986年から93年にかけ、対米輸出自主規制の実施中に、輸出から現地生産車へ200万台規模の構造的転換を実現した。第2期は、95年から2007年にかけ、日米包括協議合意を受けグローバル化を加速化、この結果、対米輸出台数は安定的に推移する中、北米現地生産台数は230万台から410万台へ約200万台規模の拡大を実現したのである。

 NAFTAの枠組みが存続するならば、現地化が進み、現地経済に寄与する新しいドメスティック産業の地位は揺らがない。この利害関係を崩壊に追い込むような政策は、政権にとって簡単に切れるカードではない。日米通商協議の結果が、自動車産業に際立った構造的な生産体制改革に向かう結論は想定していない。

 日米通商交渉に向けて、国内自動車産業は、将来決定する可能性の高いNAFTA新ルールに即した、原産地ルールに適応する北米での生産体制を再構築し、米国自動車産業の競争力向上につながる高付加価値製品や技術の現地化と米国からの輸出ビジネス拡大の質的な対策を急ぐべきだろう。国内政策面では、日本市場アクセスの容易化を推進し、交渉で問題視される「非関税障壁」の不信を取り除くことに努めるべきだ。

【プロフィル】中西孝樹

 なかにし・たかき ナカニシ自動車産業リサーチ代表兼アナリスト。米オレゴン大卒。山一証券、JPモルガン証券などを経て、2013年にナカニシ自動車産業リサーチを設立。著書に「トヨタ対VW」など。

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