【ホープクーリエの旗手 藍澤證券の100年】(5-4)

2018.7.6 05:00

 ■大学と企業をマッチング 地域活性化へ

 ◆証券会社で初の認定

 藍澤證券は2013年4月、関東財務局、関東経済産業局から中小企業経営力強化支援法(現中小企業等経営強化法)に基づく「経営革新等支援機関」の認定を受けた。同制度は税務、金融、企業財務に関する専門的知識や支援実務で豊富な経験を持つ個人、法人、中小企業支援機関などを経営革新等支援機関として認定し、中小企業に対して専門性の高い支援を行うことを目的としている。

 支援機関としては商工会議所や税理士法人、NPO(非営利組織)などが想定されているが、証券会社で認定を受けたのは藍澤證券が初だ。従来取り組んできた地域の中小企業と大学の産学連携プロジェクトの仲介、海外進出や資金調達支援などの活動がこの「経営革新等支援機関」認定によって、クロスボーダー・ソリューションビジネスの形でさらなる発展を遂げていく。

 15年3月、同社は静岡大学と産学連携に関する業務協力覚書を締結すると発表した。地域経済活性化に関する情報交換と業務協力、技術相談、共同研究などの情報交換、学生に対するインターンシップでの連携などを活動の柱とした、一種の包括提携だ。

 この提携は、藍澤證券の本社社員と静岡大学の教授との出会いがきっかけだったという。同教授は静電気除去の新技術を開発し静岡県内のある企業に試作機の採用を働きかけたが遅々として進まない。その話を聞いた藍澤證券の社員は、その会社の経営陣と旧知の仲だったことから、その場で電話連絡して産学連携を取りまとめてしまった。これが静岡大学内で評判となり藍澤證券との提携に発展していったという。

 静岡大学は、浜松市などの産業集積もあり産学連携に積極的なうえ、学内ベンチャーの創設件数では国立大学で屈指のレベルにある。それでも大学単独での顧客開拓やマーケティングには困難が多い。

 ◆ビジネスマッチングに本腰

 今、藍澤證券のソリューション担当者は同大の研究テーマリストを持ち歩き、顧客の中小企業経営者とのビジネスマッチングの可能性を常に探っている。産学連携がまとまれば、中小企業だけでなく地域全体の活性化にも結び付くし、藍澤證券が地域で頼られることで証券仲介や新規上場株の取り扱いなど本業部分でも好影響が期待できる。まさにクロスボーダー・ソリューションビジネスの真骨頂だ。

 文部科学省は15年、「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)」を立ち上げ、大学に対して自治体や企業と協力し学生の就職先の創出、地域が求める人材の養成などに向けたプラン作りを求めている。このためにも、大学側は今まで以上に企業や地域、学生のニーズを収集し、大学側の研究シーズとすり合わせていく必要に迫られている。同大と藍澤證券の提携は、双方にとって願ってもない関係といえそうだ。

 もっとも、過去にほとんど例がない地方大学と証券会社の包括提携が実現したのは、藍澤證券が「経営革新等支援機関」という政府のお墨付きを得ていたことも大きい。その後、同社は西京銀行との業務提携などでさらに地域や企業とのネットワークを広げながら、16年には徳山大学(山口県)と、17年には近畿大学(大阪府)とも業務提携した。

 このうち、近畿大学関連ではすでに4件の産学連携を実現した。例えば、女性向け自転車の商品企画に悩んでいた大阪府内の企業と、近畿大文芸学部で工業デザインを専門とする研究室を引き合わせたケースや、納豆の販路拡大に苦慮していた食品会社と同大経営学部の研究室を紹介し、パッケージデザイン、マーケティングの共同実施が決まったケースなどが、いずれも藍澤證券側のコーディネートによって進行中だ。

 静岡大学との連携の中では、画像処理の研究室と同技術でIPOを目指す企業の協力体制を構築する中で、同大卒業生の採用にも発展したケースもある。多様な働き方が模索される時代。大手メーカーに就職して専門と異なる業務に従事するより、新興企業であっても学んだ知識をそのまま生かせる会社に就職したいという学生もおり、クロスボーダー・ソリューションビジネスで地域活性化を目指す藍澤證券にとっても期待通りの展開といえるだろう。

 大学との関係は、さらに金融教育や学生のインターンシップなど、社会貢献活動(CSR)にも展開しつつある。

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 ■クロスボーダー・ソリューション型社会貢献活動

 ◆インターンシップを支援

 藍澤證券は多様な社会貢献活動(CSR)を展開していることでも知られる。その1つが「クロスボーダー型インターンシップ」だ。提携関係にある大学から集めた学生に対し、同社や協力企業のネットワークを生かし地元企業、さらに東京など別の地域の企業で研修(インターンシップ)を行い、その差異を感じて、地域のすばらしさを再認識してもらう企画だ。

 実際に行われたケースでは、静岡大学の学生を受け入れ、1~3日をかけて静岡県内の企業3社を訪問、接客なども体験する。4~5日目には東京に移動し、2社を訪問したあと東京証券取引所なども見学し、最終的に学生は地域性の比較などを交え、学生なりの視点で提言をまとめ発表した。学生にとっては地方、首都圏で就業経験ができるなどメリットは大きい。藍澤證券のこうした活動は、2017年1月、内閣官房まち・ひと・しごと創生本部から、金融機関による地方創生のための「特徴的な取組事例」に証券会社として唯一選定された。

 同社の取り組みはさらに拡大中で、静岡大学や地元新聞社などと共同で静岡県内外の大学生が伊豆地域の企業や施設をめぐり、地域課題を知り、解決策を提案する2泊3日のバスツアー「若旅 IN 伊豆」を実施。さらに高校生向けのインターンシップなども展開中だ。

 ◆金融経済教育に全力

 同社が注力しているCSRに、金融教育がある。欧米に比べ、日本では金融経済教育が遅れており、このことが預貯金、保険、年金に偏った個人金融資産の構成につながっているとの指摘は根強い。預けていても金利がほとんどつかない預貯金ではなく、人生100年時代で必要な老後資金を投資で確保すべきだ-。政府が掲げる「貯蓄から資産形成へ」のキャッチフレーズにはそんな意図が透けてみえる。

 藍澤證券では今年4月から、信州大学で投資をテーマとした寄附講座を行っている。同社の藍澤基彌会長をはじめ、幹部社員のほか、包括提携先の西京銀行、税理士法人、IPOを果たしたベンチャー企業などからも講師を招き、合計15回授業を予定している。この寄附講座で特徴的なのは、金融や証券投資の基礎知識にとどまらず、株価チャートを活用したテクニカル分析や分散投資の考え方など実践的な内容を多く含んでいる点で、実際の投資体験もカリキュラムに含まれているという。

 これは「最近の学生は投資への関心が高い。信用取引なども含め、より実践的で高度な授業にしてほしい」との大学側のリクエストがあったという。

 藍澤證券側に戸惑いがあったというが、過去に主催したインターンシップのアンケートでも、学生から「せっかく証券会社のインターンシップに応募したのだから実際の証券投資も教えてほしかった」という回答が増えていた。「当社としてももっとも取り組みたい内容だ」(角道裕司専務)と本腰を入れる考えだ。

 これとは別に、同社は提携先の静岡大学浜松キャンパスを舞台に、「アイザワゼミ」を開設した。これは、起業家育成を目指す文部科学省のEDGE-NEXT(次世代アントレプレナー育成事業)に協力するもので、今年は5月から3カ月間の集中講座として6回の講義、1回のイベントを予定している。同社の取引先、関係先から講師を派遣し、起業に向けた基礎知識から実務、プレゼンテーションのコツなどを学生に伝授する。学生だけでなく同社の若手社員5人を受講させ、リカレント(学び直し)の場としている。

 ◆社員の家族も一役

 社員やその家族、提携大学とが連携したCSR活動もある。大阪在住のある支店社員が、地元小学校のPTA会長を務める妻から「児童向けに職業体験のような行事をやりたい。藍澤證券でなにかできないか」と相談を受けた。社内で検討したところ、小学生向けの金融教育教材を製作する案が浮上。提携先の徳山大学(山口県)にアニメーションを得意とする研究室があり、その協力を取り付け、リテラシーコンテンツ(電子紙芝居)「夢をかなえるために『カワウソ“りく君”と学ぶお金の仕組み』」が完成した。自分の住む村に便利な店を作りたいカワウソのりく君に、さまざまな動物の先生が登場し、仕事や給与の意味、資金集めや運用の手法について平易に解説する。まさにクロスボーダーな活動の成果であり、以後は同教材を使い、各地の小学校で金融経済教育が行われるようになった。「社員だけでなく、その家族や知人を巻き込んだ活動は新たなソリューションの形で、とても尊い」(角道専務)

 一方で、同社は支店を地域活性化のための拠点として、さまざまなCSRを展開中だ。例えば、経済産業省が16年に導入した「おもてなし規格認証」。サービス品質の向上を目指し、取り組みのレベルに応じて紅、金、紺、紫の4色に色分けされた規格認証があるが、藍澤證券では全支店で紅認証を取得、支店周辺の地域でおもてなしの伝道師になろうとしている。高齢化社会に対応するため、全店舗・部署で認知症サポーター研修も行っている。西京銀行と宇部市の3者で連携協定を締結、日ごろの営業活動中に高齢者宅で異変を察知したら即座に宇部市担当者に通報するといった活動にも取り組んでいる。顧客はもちろん提携先や地域、社員にも希望を届けられる存在でいたい-。「ホープクーリエ(希望の宅配人)」を目指す藍澤證券の取り組みには今後も期待が集まる。

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