【スポーツi.】残されたものを最大限に生かす、「見る」価値大きい障害者スポーツ

2018.9.5 05:55

 □フリーランスプランナー・今昌司

 今年新設されたブラインドサッカー国際大会「IBSAワールドグランプリ」が3月に東京都内で開催された。ブラインドサッカーは、視覚障害者のサッカーとして開発されたスポーツで、フットサルとほぼ同じルールの下、5人制で行われる。

 4人のフィールドプレーヤーは、視覚障害の程度を問わずアイマスク着用が義務付けられ、ゴールキーパーだけがピッチ上の選手として視覚に障害のない人が担うことができる。この国際大会で、障害者スポーツではほとんど事例がない有料入場の試みが行われた。

 際立つ聴覚

 日本ブラインドサッカー協会のメディア向け資料によれば、有料入場を導入した理由をこう説明している。「障害者スポーツが持つまだ知られていない価値を再認識していただくことと、大会運営力の向上」。収益を確保して安定的な大会運営環境を作り出していこうとする目的は分かりやすい。しかし、障害者スポーツが持つまだ知られていない価値とは何か。実は、ここにこそ、障害者スポーツの「見る」スポーツとしての価値を発見する糸口がある。

 ブラインドサッカーの試合会場は静寂に包まれている。スタンド席で聞こえてくるのは、選手の声と、キーパーやゴール裏にいるコーラーと呼ばれるガイド役の声のみだ。普通のサッカーの試合ならば、サポーターの大声援が響き渡り、選手の声など聞こえようもない。

 試合会場に響き渡る選手の声は、静寂の観客席とは正反対に、あまりにもリアルだ。ボールの行方や選手の動き以上に、チームの戦術や選手のイマジネーションが、選手自らの声となって響き渡っているのである。ブラインドサッカーは「音で戦う」スポーツだ。視覚を奪われた選手たちのアスリートとして際立つ能力は聴覚にある。

 日本代表の強化合宿では、選手は片方の耳に耳栓をする。耳の聞こえる機能には、左右で若干の差があるのだという。弱い方の耳の聴覚を鍛えるために、強い方の耳に耳栓をしているのだ。選手は、耳から入る音を聞き分けて、頭の中で見えない空間を認識している。音でイメージを頭の中に描く。

 より正確にピッチ上のシチュエーションを頭の中に描くには、いかに音を正確に聞き分けられるか、という能力が決め手になるのだ。健常者と同じように、ボールを扱う技術や走力、持久力などの肉体的な能力に目を向けても、ブラインドサッカーのすごさ、魅力は理解しようもないのである。

 10の音聞き分け

 ピッチ上には、10の音があるという。動きを聞き分けられるように鈴が入っているボールの音、ボールを持った選手に向かっているときに選手が出す「Voy(ボイ)」という声、キーパーやゴール裏のコーラーの声、さらには監督の声や審判の声、選手の足音などである。

 これらの音の発生位置や流れていく方向を聞き分けることで、選手は味方や相手の位置はもちろんのこと、ゴールの空きさえも頭の中でイメージできるらしい。事実、まるで見えているかのような動きでゴールを狙うシーンが随所に見ることができる。静寂の中で淡々と進む試合の中に、視覚を失った選手の鋭敏な能力を見た気がした。

 パラリンピックの父と呼ばれるルートヴィヒ・グッドマン博士の「失ったものを数えるな、残されたものを最大限に生かせ」という言葉を思い出した。視覚を失った選手たちの聴覚は、卓越した空間認識能力をもたらし、音を聞き分ける反応速度も健常者よりも早いらしい。こんなすごい能力を見ずにはいられまい。障害者スポーツの「見る」スポーツとしての価値。まさに、グッドマン博士の名言が教えてくれている。

【プロフィル】今昌司

 こん・まさし 専修大法卒。広告会社各社で営業やスポーツ事業を担当。伊藤忠商事、ナイキジャパンを経て、2002年からフリーランスで国際スポーツ大会の運営計画設計、運営実務のほか、スポーツマーケティング企画業に従事。16年から亜細亜大経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師も務める。

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