【木下隆之のクルマ三昧】ホンダの“秘技”「トランクスルーウインドー」は驚愕だけど…

2018.9.21 07:00

 ホンダが発表した新型「クラリティ PHEV」には執念とも思える細工がしてあった。それを発見した瞬間に腰を抜かしかけた。なんと、リアウインドーが上下に分割されていたのだ。

 クラリティ PHEVは、ハッチバックスタイルである。ルーフラインはなだらかに傾斜しており、それはまるでステーションワゴンのようにルーフが長くも見える。そう、ルーフが長く、ルーフ後端でガラス面になる。燃費性能を高めるために、ノッチバックスタイルとはあきらかに異なる、流麗なフォルムとしているのである。

 だがそれだと、リアガラスがほとんど水平に近く寝かされているから後方視界が悪い。ほとんどサンルーフのようだからだ。

◆「覗き窓」越しに安全確認!

 それを補うために、リアエンドでストンと切り落とされた垂直面にガラスをはめ込んだ。一般的には鉄板のハッチとなるはずの垂直面からも後ろを覗けるようにガラスとしたのだ。二枚ガラスとすることで後方視界の確保に挑んだというわけである。

 だが、それだけだと後方視界は得られない事情がある。というのは、たとえばバックミラー越しに後方を確認しようとしても、リアシートやトランクが視界を邪魔してしまうからなのだ。せっかくリアハッチの垂直面をガラスにしても、それだけでは後方視界は確保できないという構造上の欠点がある。

 ではどうするか…。そのための細工が驚きである。リアシート背面のバルクベッドにもガラスをはめ込んでしまった。つまり、ドライバーが後方を確認するときには、リアに座った乗員の後頭部あたりに埋め込んだガラスから、一旦トランク内をスルーして、リアエンドに垂直面ガラス越しに後方を確認するということになるのだ。いわば「トランクスルーウインドー」である。

 少々説明が難しいから、そのあたりは写真で確認してほしい。要は小さな覗き窓のようなガラス越しに安全確認せよというわけである。

◆実はホンダの得意技?

 ホンダは実は、この手の二枚ガラスが得意なようで、今回が初めての例ではない。1980年代後半のCR-Xもリアガラスは水平に寝かされたものと垂直に切り落とされたものとの二枚組だった。ハイブリッドスポーツのCR-Zも同様に、リアゲートにもガラスが組み込まれていた。S660も、形状は異なるけれど、リアガラスが特異な形をしていた。

 ホンダは空力性能を確保するために、二枚ガラスにご執心なのである。だが、ここまで複雑なのは初めてである。

 なんで僕がそんなことに気が付いてしまったかといえば、個性的な造形のボディをしげしげと舐めるように見ているとき、黒い塗装で塗っているとばかり思っていたリアハッチの垂直面に、「保管場所標章」がうっすら見えてしまったからである。

 通称「車庫証明ステッカー」は、貼り付ける義務がある。貼る場所はリアウインドーの指定場所とされているらしい。というお役所の定めに従えば、たしかにクラリティ PHEVの場合は、リアの垂直面に貼るのが正しいのである。そう、「なんでこんなところに貼ってるの?」という疑問が、二枚ガラス発見のきっかけになったというわけだ。

◆必死の努力が水の泡にも…?

 そもそもクラリティ PHEVの後方視界はそれほど優れてはいない。垂直面のガラスはのぞき窓のように狭いし、リアシートに人が座っていれば視界の邪魔になってしまう。

 もっと言えば、トランクに荷物を満載していたら、そのガラスは無いに等しいのだ。そんな苦肉の策のガラス面に、小さいとはいえ喫茶店のコースター大のステッカーで視界を奪うのも如何なものかと思った次第だ。

 登録場所標章だけならまだしも、「平成32年度燃費基準達成車」だとか、「★★★低排出ガス車」なんてステッカーなども貼ってしまったら、ホンダの必死の細工も水の泡だ。

 あまりカッコのいいものじゃないし、罰則がないからという理由で、剥がしてしまうドライバーも少なくない。そもそも視界を邪魔するステッカーの添付を義務付けるのも如何なものかと疑問提起しておきます。

 まあ、気持ちの上では、ホンダが燃費と安全を両立させようと絞った知恵に頭がさがるが、「ほかに手はなかったの?」という疑問はここでは言わないことにしておきます。

【プロフィル】木下隆之(きのした・たかゆき)

レーシングドライバー 自動車評論家
ブランドアドバイザー ドライビングディレクター
東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。

【木下隆之のクルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は原則隔週金曜日。

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