EV時代「待った」トヨタの深謀 HV関連特許を無償公開、“世界の標準化”を図る

2019.5.20 07:45

 次代のエコカー競争をめぐり、欧米や中国で電気自動車(EV)の普及に注目が集まる中、蚊帳の外に置かれそうなのが、モーターや電池をエンジンと併用することで高い燃費性能を実現したハイブリッド車(HV)だ。1997年のプリウスの発売以降、市場を牽引(けんいん)してきたトヨタ自動車は4月、“虎の子”のHVを中心とした電動車の関連技術の特許を無償で開放する方針を公表した。トヨタの方針転換には、HVをさらに普及させることで自社のビジネスを有利に導こうという深慮があった。

 環境規制で有利に

 「21世紀に間に合いました」。世界初の量販車として「プリウス」を投入した際のテレビCMには、「鉄腕アトム」などで未来の社会を描いた漫画家、手塚治虫さんのキャラクターが登場し、次世代のエコカーであることを強く印象づけた。

 低速ではモーターで走り、速度が上がるとエンジンで走行。それぞれの駆動系を効率の良い速度領域で使うことで燃費性能を高めたプリウスは大ヒットした。ホンダも99年に「インサイト」を発売し、両社が販売を競う中でHVの普及が進んだ。その後、「フィットハイブリッド」(ホンダ)、「アクア」(トヨタ)といった小型車にも広がった。モーターが比較的小さい「マイルドハイブリッド」や、エンジンを発電用に使う「シリーズハイブリッド」など、仕組みも多様化している。

 日本国内ではHVが普及してきた。自動車検査登録情報協会によると、昨年3月末のHV保有台数は751万2846台(軽自動車を除く)で、乗用車に占める比率は19.0%。HVは5台に1台を占める「普通の車」に近づいてきた。

 そして今年4月、トヨタはHVに関する方針を大きく転換、特許の無償提供を打ち出した。元々、トヨタ幹部の間で技術の開放を訴える声は強かったが、検討していることを対外的に明らかにしていなかったため、驚きをもって受け止められた。

 開放されるのは、2万3740件の特許の実施権。モーターやPCU(パワー・コントロール・ユニット)、システム制御、エンジン、充電機器などが対象で、無償提供の期限は2030年末まで。トヨタに申し込み、具体的な実施条件などを協議の上、契約を締結する。有償の技術支援では、車両の電動化システム全体の調整に関する助言などを行う。

 トヨタの寺師茂樹副社長は4月3日、特許開放についての会見を名古屋市内で開いた。「われわれのふるさとである『ホームプラネット』(地球)という概念を持ち、二酸化炭素(CO2)排出量を抑制するには、エコカーの普及拡大が必要だ」と、環境への貢献を前面に押し出した。

 会見での記者の関心は、今回の方針がトヨタのエコカー戦略においてどういう意味を持つかだ。質疑でその一端が明らかにされた。

 まずは、コストダウンによる収益改善だ。多くの自動車メーカーがトヨタ方式のHVを生産・販売するようになれば、システムに組み込まれる部品の生産量が膨らみ、コストが下がる。モーターやPCUなどの基幹部品は、EVやプラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)でも応用可能で、電動車全般の生産でメリットがありそうだ。

 寺師氏は「電動化技術はこの先10年がヤマ場だ」と指摘した。会見の資料には、30年までの欧州での環境規制が記載してあり、車両の重量ごとに許容される走行距離1キロ当たりのCO2排出量を示すグラフは20、25、30年と段階的に厳しくなることを示していた。

 寺師氏は「これが目標となり、近い規制値が世界に広がっていく」との見通しも述べた。その厳しさは、例えば25年の規制は「(販売する車両を)全部プリウスにしてようやく乗り越えられる」(寺師氏)水準という。自動車各社は世界で対応を迫られることになる。

 寺師氏は30年の世界販売に占めるEVの比率に関し、「部品メーカーや自動車メーカーなどから話を聞いていると、20%前後というところだ」と打ち明けた。そして、「エンジン車を全部HVに置き換えれば、(その分、CO2を削減できるため)規制対応で20%必要なEVの比率を10%にすることができる」と話した。

 系列構造の維持

 ここに、トヨタの本当の狙いが浮かび上がる。それは、HVをEVの追随を許さないエコカーの“世界標準”として広く普及させることだ。言い換えると、HV時代を盛り上げ、いつかは来るとされるEV時代の到来を、できるだけ遅らせることにほかならない。「30年で10%」なら、EV時代はそれより後ということになるが、その頃はトヨタが得意とするFCVが普及する環境も整っている可能性がある。

 多くの自動車メーカーにとって、電池のコストがかさむEVの比率が高まることは問題で、従来の車をEVに置き換えるほど、収益性が悪化する。しかも、EV時代が来ればエンジン関連など、現在使われている部品の需要が急減するとともに日本勢が得意とする“すりあわせ”の必要性が小さくなる。トヨタグループの強さの源泉とされる部品メーカーなどとの緊密な系列構造の維持が難しくなりかねない。

 将来のEV比率を低く抑えることに関して寺師氏は「経営の観点で言うと、自分たちの戦い方の一つだ」と強調。トヨタの狙い通りに進めば、EVに注力しているVWや日産自動車などは戦略の修正を迫られる可能性もあり、世界での販売競争にも影響しそうだ。(高橋寛次)

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