2019.6.7 07:00
「最終的にはね、タイヤ屋さんに頑張ってもらったんですよ」-。自動車メーカーの開発スタッフの口から、そんなコメントを聞くことも少なくない。
メーカーには、市販化を前にクリアにしなければならない要件がある。音や振動は、厳格に数値が決められているし、操縦性に関しても同様で、テストドライバーが求めるハンドリングが得られなければ開発テストは終わらない。耐久性や燃費性能、あるいは乗り心地などに、けして破ることのできない基準がある。開発部隊はそれを「六法全書」と呼び、守らざるを得ない規則として尊重しているほどなのだ。
新型モデルを開発する過程で発生する、そんな様々な問題点を、装着するタイヤを専用設定することで解決させることも珍しくはない。クルマの最後の味付けである塩コショウを、タイヤにすがることも少なくないのである。
「タイヤ屋さん助けて」
通過騒音(クルマを一定速度でマイクの前を通過させた時の音量)が基準を超えていたとする。その原因がエンジン音なのか風切り音なのかマフラーなのか、改善点は様々だろうが、最終的には、タイヤが発する音を減らすことで整えるということは頻繁に行われている。
燃費が要求値を超えていたとする。すわ、タイヤの転がり抵抗を減らす。パワートレーンの改良には膨大な時間とコストがかかる。タイヤなら簡単だとは言わないものの、タイヤ開発はフットワークが軽い。なので、「タイヤ屋さん、なんとか助けて~」となる。冒頭で紹介した開発スタッフのコメントは、タイヤに依存する現実を語っている。
レクサスRCFのマイナーチェンジが施されたのが今年の春だ。クルマとしては驚くほど軽快で素晴らしい仕上がりであった。だが、その実現には、「タイヤ屋さん」の力が無視できない。装着する「ミシュラン・パイロットスポーツ4S」をRCF専用に開発することで、限界特性を整えていたのだ(※木下さんのRCF試乗記はこちらから)。
RCFは、コーナリング中にタイヤが路面に接するトレッド面の外周に強い負担がかかる。それゆえに、外周のトレッド剛性を高めている。トレッド面のゴムはならされているわけではなく、内側、中央、外側とゴムを変えている。だから限界域で安定している。
そもそもトレッド面はフラットではない。クルマの特性に合わせて、緩くラウンドさせている。その形状を今回RCF専用に改良しているのだ。
クルマの出来不出来を左右
一見すると、タイヤはただの丸いゴムの塊に過ぎない。ただ、銘柄とサイズが同じでも、新車設定タイヤは中身が異なる。
ちなみに、摩耗が進んだからといって安易にタイヤ交換しても、開発陣が狙った性能やフィーリングは得られない。もし新車の状態がお気に入りなのならば、銘柄とサイズだけではなく、モデルを指定した上で専用タイヤを支給してもらうことを勧める。微妙な塩コショウが違うからである。いや、新車のセッティングに不満があるというのならば、別タイヤを探してみるのも得策だろう。
タイヤはクルマを構成する夥しい数のパーツの一つでしかないのかも知れないけれど、クルマの出来不出来を左右するほど重要な存在なのだ。
木下隆之(きのした・たかゆき)
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レーシングドライバー/自動車評論家
ブランドアドバイザー/ドライビングディレクター
東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。
【クルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は原則隔週金曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【試乗スケッチ】はこちらからどうぞ。