【高論卓説】豚コレラ感染拡大に嘆く 政府は自然災害と認識し対応急げ

2019.9.27 05:46

 スポーツ人類学を専攻した。人類はホモサピエンス(知性人)であり、ホモフンディトール(投石人)であると知った。ヒトだけが石を投げ、ヒトには投石本能があるとされる。この投石本能は、良質の動物タンパク質を得るため古代人を狩猟へ導く。投石よりもやり、ブーメランの方が効果的、やがて弓矢を発明する。次に銃を開発したが、弓矢の時代が長かった。家畜が一般化され、狩猟が娯楽や趣味へと転じて今日を迎える。(日体大理事長・松浪健四郎)

 「豚コレラ」感染拡大の記事に接したとき、狩猟をする人口の激減を嘆くしかなかった。感染原因の主犯は、野生イノシシだというからだ。イノシシやシカなどの被害について記述する紙幅をもたぬが、豚コレラが見つかれば全頭殺処分、その被害額は甚大であるばかりか、豚肉供給にも影響がでる。動物愛護の思想も大切だが、野生動物によって家畜業が成り立たなくなる危機にひんしてもいる。

 政府は野生動物による鳥獣被害について鈍感で無為無策であった。自民党には鳥獣捕獲緊急対策議員連盟(二階俊博会長)があって、ジビエ普及に熱心であると同時に大日本猟友会(佐々木洋平会長)の支援をしているが不十分である。野生動物駆除のために根本的な政策を打ち出さなかったからだ。

 まず、鳥獣被害は、台風・地震と同様の自然災害だという発想が欠落している。今回の豚コレラの発生は、野生イノシシの存在がいかに怖いかを教えてくれた。岐阜、愛知両県を中心に経口ワクチンを野生イノシシの餌に混ぜて散布したが効果なし。猟友会の資料によればイノシシが捕食したのは3割だけ。イノシシ拡散防止のためのフェンスを140キロにわたって設置したが、川や道路があって自由に往来するという。

 つまり、野生イノシシの豚コレラ対策に打つ手がなくなったのだ。わなによる捕獲にも限界があり、ワクチン散布の方法を検討する。佐々木会長によると、野生イノシシの嗅覚は鋭く、人間のにおいを感知し、警戒して食べないらしい。ドローンを使用してワクチンの散布と獣道の発見などを行うという提言を猟友会がしたが、環境省や農林水産省は決断できなかった。

 そもそもワクチン散布は、ドイツをはじめ欧州の手法だ。日本の山々は欧州と異なって険しい。政府は豚コレラを甘くみたと私は気をもんだ。豚に直接ワクチンを接種するのが一番だが、農水省は慎重であった。動物衛生の国際基準を策定する国際獣疫事務局(OIE)が清浄国から格下げすることを恐れたのである。非清浄国となれば、先進国への輸出は困難となる。ブランド豚肉の輸出は続けねばならず、政府の決断は遅れた。豚へのワクチン接種は決定したが、地域限定となろうか。

 豚コレラ窮余の方針転換を農水省がしたが、野生イノシシの駆除についての説明がなかった。ワクチンを豚にいつまで接種するのか、農水省の政策は説得力に欠ける。鳥獣被害を自然災害と決めつけ、国が本気になって駆除に取り組む必要がある。

 大日本猟友会の資料によれば、猟銃所持者数は全国で10万5000人である。1970年前後には40万人以上もいたが、激減した。プロの猟師がいなくなったからであろう。これでは日本の山々は野生動物の楽園となって当然だ。そこで、自衛隊員や警察本部の機動隊員に狩猟免許を取らせ、計画的に狩猟のための山狩りを行うくらいの本気度がなければ、鳥獣被害から農家を守ることはできない。

 「豚コレラ」の発生、ワクチン接種、この対応だけで何の教訓も得なかったのか環境省と農水省。野生動物による農業被害は、昨年度で164億円、2019年度は240億円に達した。政府に「投石本能」を喚起させ、家畜と農林業を守るために狩猟の必要性を訴えたい。

【プロフィル】松浪健四郎

 まつなみ・けんしろう 日体大理事長。日体大を経て東ミシガン大留学。日大院博士課程単位取得。学生時代はレスリング選手として全日本学生、全米選手権などのタイトルを獲得。アフガニスタン国立カブール大講師。専大教授から衆院議員3期。外務政務官、文部科学副大臣を歴任。2011年から現職。韓国龍仁大名誉博士。博士。大阪府出身。

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