【スポーツi.】ナイキの「厚底シューズ」問題 技術革新は誰のためなのか

2020.2.5 12:45

 話題の「ナイキ厚底シューズ」。世界陸連まで巻き込んで使用禁止措置が検討されているが、どうやらこの騒動は収束しそうだ。このシューズは、ある報道の言葉を借りればドーピングシューズともいわれる。そもそも、世界陸連の規則に違反したシューズではない。世界陸連の競技規則(143条第2項)では、シューズは選手の身体的能力を補助的に高める機能を装着してはならず、しかも、そのシューズは誰でも入手可能でなければならない、としている。(フリーランスプランナー・今昌司)

 今回の騒動は、ナイキの「ヴェイパーフライ」シリーズのソールの厚さと、その厚みの中に装着されたカーボンファイバー製プレートの存在が的になっているのであろう。特にこのプレートに助力効果があるのではないかといわれている。厚底といわれるソールの厚さに関しては、現在は何の規定もなく、厚くしたから違反になるようなことはない。

 反ナイキ勢の抵抗?

 だが、ニュース報道で取り上げられている世界陸連の検討の論点はソールの厚みだ。その厚みを制限することでよしとし、本来の論点というべき内蔵プレートの存在を否定したいとも受け取れるため、なにやらきな臭いと感じてしまう。誤解を恐れずに言えば、ナイキの厚底シューズの席巻状態を疎ましいと思う人たちの抵抗ではないか、ということである。

 この厚底が開発された経緯は、アフリカの世界トップランナーからの要望に端を発している。彼らの走法は、従来の日本人ランナーの標準的な走法であるヒールストライク、つまり、かかとから着地する走法ではなく、フォアフットという足の前方から着地する走法だ。そして、普段の練習環境は土の未舗装路面である。しかし、レース本番はアスファルトの舗装路面で硬い。そこで、フォアフット走法でもクッション性と安定性を維持できるシューズを要望したというわけだ。

 従来のシューズの軽量化を重視した「薄底」ではなく、フォアフット走法に合わせたかかとが高い位置にある状態での着地を維持するため厚底になった。しかも、厚底ではあるが薄底以上に軽量という機能性を新素材の活用で実現。厚底を生かし、エネルギーの反発効果を高めるためのプレートを特殊な形状で装着した、ということである。

 結果、厚底なので見た目は重そうだが、薄底以上に軽く、厚いソール自体も高いクッション性を実現するためにふわふわ飛ぶような感覚を得られる、という厚底シューズを履いた使用者の感想に行きつくのだ。

 選手利益の重視を

 入手に関しては、昔のことを言えば、どのメーカーも市販のシューズをトップ選手には提供しておらず、ほとんどが「別注」と言われる特注品だった。つまり、もしこの規定を厳密化するならば、プロトタイプ(試作品)のシューズは一切使用できないことになる。もちろん、競技規則の付則として、「一般原則に沿った範囲内であれば、個々の競技者に合わせて靴が改良することが認められる」と規定されているが、その実質的な範囲は曖昧なままなのである。

 現在、既にナイキのライバルメーカー各社は対抗する商品の開発を劇的なスピードで進めている。この開発競争は、間違いなくランナーたちにプラスの効果を生む。そして、厚底シューズで一番強調しておかなければならないのは、体力の回復が早く、足へのダメージが最小限に抑えられる点だ。この効果は特定のランナーだけのものではなく、多くのランナーからも聞かれる。マラソンは、年に出場可能なレース数は非常に限られるほど、回復に時間がかかる。その状況を厚底シューズは打破した。そうしたランナーの利益こそ、重視すべきだと思う。

【プロフィル】今昌司

 こん・まさし 専修大法卒。広告会社各社で営業やスポーツ事業を担当。伊藤忠商事、ナイキジャパンを経て、2002年からフリーランスで国際スポーツ大会の運営計画設計、運営実務のほか、スポーツマーケティング企画業に従事。16年から亜細亜大経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師も務める。

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