【デジタル経営革命新時代(2-1)】DX活用しデータを付加価値に

2020.3.12 05:00

 □STANDARD代表取締役・安田光希氏×日本工業新聞社社長・鶴田東洋彦

 デジタル化が経済社会を大きく変えようとしている。もはや未来は、これまでの延長線上には描けない。これまでの慣習やノウハウ、組織体制は通用しない時代に差し掛かっている。デジタル時代に向けた改革は、あらゆる企業や組織にとっても緊急かつ重要な課題だ。多くの企業で、デジタル時代に対応する改革「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が進む。その現状や展望、課題について、大手企業350社以上とDXに取り組んでいるSTANDARD代表取締役の安田光希氏とフジサンケイビジネスアイの鶴田東洋彦が意見を交わした。

 テレビを見ない世代

 鶴田「経済産業省が2018年に『デジタルトランスフォーメーション(DX)に向けた研究会』を立ち上げるなど、企業はDXを進めて変革していかなければ生き残れないという認識が時代の流れとなりつつあります。ただ、私自身もそうなのですが、DXとはいったい何なのか、よく理解できていない人が多いのではないかと思います。そもそもデジタルトランスフォーメーションの頭文字はDTのはずなのに、なぜDXと略すのかというところから分からない。安田さんは、日本企業350社以上に、DX・AIの推進を支援する事業をしていて、非常に若い感性で、客観的に今の産業界の動きを見ておられると思いますので、まずは、そうした人たちに対して、DXとは何か、どう捉えていくべきかといったところからお話しいただければと思います」

 安田「私自身、企業でDX・AI活用の推進をされている方々と1000人以上お会いしてきた中で同じような質問をいただきます。ただあえてお伝えすると、私は、DXの定義といったようなことは正直、どうでもいいのではないかと考えています。この紙面を読んでいらっしゃる経営者の方にお話しするなら、もっと簡単に捉えましょうと言いたい。今はデータがたくさん集められ、AIを含めデジタル技術が活用しやすい時代です。それらを適切に利用すれば、顧客への付加価値を生み出し社会にインパクトを与えることができます。実際に海外企業を中心に収益につながった多くの事例が出ています。日本の企業の多くは経営理念の中で『お客さまのために』とうたっていますから、その理念にいま一度向き合って、いかに多くの付加価値を生み出すかを考えるべきです。そうすれば、データやデジタル技術はそのための手段でしかないということに気づけます。そこに気付き、早く行動しましょうということに尽きます」

 鶴田「なるほど」

 安田「そう断言できるのは、私たちの世代は小さい頃から、データを提供することによってメリットを得るという関係性にすごく慣れてきた世代だからです。『デジタルネーティブ』ならぬ『データネーティブ』と私は考えています。例えば、私の周りで一人暮らしをしている人は9割9分テレビを持っていません。みんなYouTubeを見ています。なぜかというと、テレビはマス(大衆)に対して一斉に情報を与えるメディアであるのに対し、私たちのニーズは、自分の好みのコンテンツを見たい、ある専門領域のことについて深く知りたい、自分のライフスタイルに類似度の高いものを見たいというところにあり、YouTubeがそれを提供できるからです。自分の属性・嗜好性・過去の視聴ログといったデータを提供することで、それ以上のメリットを得るという関係性を築いています。これはグーグル、アマゾン、フェイスブック、インスタグラムと近年広く普及しているサービス全て同じであり、私たち『データネーティブ』世代は物心ついたときから、この関係性に慣れています」

 鶴田「それは良く分かります。テレビには釣りの番組がすごく多いのですが、最近、視聴率が落ちてると聞きました。なぜかというと、釣りの番組は30分番組でも1時間番組も、最後のほうでどんな魚を釣ったのかが分かるようになっています。視聴者はそこだけを見たいのに、船が出港するところからずっと我慢して見ていなければいけない。だけど、YouTubeなら、いきなり魚を出して、これが釣れましたと説明することができる。それでほとんどの釣りファンは満足するらしいです。ただ、残念ながら日本の企業はいまだに旧態依然としたところがあります。終身雇用はさすがに崩れて、春闘も実質的になくなりましたが、いわゆるピラミッド型のヒエラルキー(階層組織)は残っていて、上意下達が行われている中では、DXを理解できない人が理解できる人を部下に持つという時代になっていると思います。そうすると若い世代が理解できても、上に行くとどこかで理解が止まってしまうという状況があると思うのですが、今の仕事を通じてそうした実感はありますか」

 安田「あります。例えば、経営者の方とお話ししていて、データを活用して経営改革を行うべきだと納得してもらったのに、いざ、ご自身のデータを預けてもらってもいいですかというと、それは何だか怖いと言って躊躇(ちゅうちょ)するという事例をよく見てきました。今、世の中に出ている新しいデジタルサービスを実際に使ってみて、データを提供しメリットを受けるという関係性に慣れてみることからはじめてみるとよいと思います」

 AIは単なるツール

 鶴田「その点、海外の企業はどうなのでしょうか。AIの専門技術者は中国や東南アジアでもずいぶん増やしています。ところが、日本の人は自分たちのほうがそれらの国々より上だと思いがちです。でも実は彼らのほうがはるかに進んでいるのではないかと漠然と感じています」

 安田「昨年、シンガポールを訪れた際、2つ印象に残ったことがあります。1つは、シンガポールジェトロ(日本貿易振興機構)の方が仰っていたことで、実証実験をするスピードがシンガポールと日本ではまったく違うということです。例えば、シンガポールでは数年前から電動スクーターの実証実験を続けてきた結果、昨年、歩道での利用を禁止しました。一方、日本ではやっと実験が始まった段階で、1周も2周も遅れています。2つ目は、起業家・VC(ベンチャーキャピタル)の方と話した印象として、サービスを作る上で必要あらばAIを活用するのは当然という感覚をお持ちでした。日本はまだまだAIなど最先端のデジタルテクノロジーに関して浮足立っているなと思います。企業は単に顧客や社会に対して付加価値を与えればいいだけなのです。AIを含めたデジタルテクノロジーはそのツールにすぎない。ところが、日本企業の多くの方はAIというと何か特別なものだと思いがちで、ちょっと自分には難しいのではないかと思ってしまう。AI関連の展示会などを見学しても、日本企業の場合は技術の部分が先行して、その技術が本当に顧客のためになるのか、利益を生むのかという視点が少ないと感じることが往々にしてあります」

【プロフィル】安田光希

 やすだ・こうき STANDARD代表取締役。灘中時代に株式投資に興味を持ち、世界的なヘッジファンドの創業者、レイ・ダリオ氏の影響で機械学習の世界へ。メガベンチャーで事業立ち上げを経験し2017年8月株式会社STANDARD設立。現在大手企業を中心に350社以上のDX推進・AI活用に関わる。

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