【Bizクリニック】重要な「アクセシビリティ」という考え方

2020.5.19 05:00

 エヴィクサー社長・瀧川淳

 「iPhone(アイフォーン)を持つようになって、迷子になれるんですよ」-。

 映画や舞台のバリアフリー上映に携わるにつれ、障害者のシンポジウムでの登壇機会に恵まれるようになった。映画館や劇場の席に座ってから使うシステムだけでなく、自宅からどうやって電車やバスに乗り、待ち合わせ場所に向かうか、どんなシステムがあれば便利か。そのニーズについて意見交換する中、視覚障害者の人が発したのが冒頭の言葉だ。

 スマートフォンに実装されているボイスオーバー(画面に表示された文字やボタンの内容を読み上げる機能)や拡大鏡、音声入力などのユーザー補助機能は、おおむね「アクセシビリティ」と表現される。日本では「バリアフリー」という表記の方がなじみ深いが、SDGs(持続可能な開発目標)達成には、誰一人取り残さないという意識として、ユーザーの自由な使い方を補助するアクセシビリティという発想が不可欠になってきた。

 2018年総務省の事業で、競技会場における外国人や障害者の緊急時避難に関して、エヴィクサーは音響通信技術をベースとしたICT(情報通信技術)利活用の提案を大手電機メーカー・大手シンクタンクと組んで行い、非常放送など館内設備の多言語化やビジュアル化の有効性を実証した。数万人以上の観客が一堂に世界から集まれば、文化やその場で得られる情報に違いが生まれ、緊急時の行動原理に乖離(かいり)が生じやすい。避難は「誰一人取り残さない」ことが要件となるため、採用技術の評価に加えて、日常時の運用も視野に入れ、当事者となる外国人や障害者が実証に参加することが義務付けられた。

 エヴィクサーは音響通信で一斉制御するスマホの活用方法を全国のスタジアムで実証済みだった。それを含め、専門性の異なるメンバーが積極的な意見交換を行うことで実施要領は組み上がり、東京都調布市にある東京スタジアム(味の素スタジアム)と武蔵野の森総合スポーツプラザを会場とした2日間にわたる実証は有効という評価を得た。

 本事業の最終段階で、有識者から「外国人や障害者は会場で流れている全てのアナウンスを確認したい」との指摘を受けた。筆者は「適切な情報を安定したシステムで確実に届ける」ことを念頭に要件を組み上げたと説明しながら、冒頭の言葉を思い出した。多種多様なニーズに応えるためには、設備としてのシステム提供だけでなく、パーソナルデバイスの活用、そしてユーザー側にも選択肢が用意されるアクセシビリティの思想が重要だ。

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【プロフィル】瀧川淳

 たきがわ・あつし 一橋大商卒。2004年にITスタートアップのエヴィクサーを設立し現職。08年以降、デジタルコンテンツ流通の隆盛をにらみ、他社に先駆けて自動コンテンツ認識(ACR)技術、音響通信技術を開発。テレビ、映画、舞台、防災などの分野へ応用し、「スマホアプリを使ったバリアフリー上映」「字幕メガネ」を定着させる。40歳。奈良県出身。

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