ソニーEV市販ゼロではない 微妙な体感や耐熱・耐震…実現にハードル高く

2020.8.21 06:30

 ソニーは今年7月、オーストリアの開発拠点で試作した電気自動車(EV)「VISION(ビジョン)-S」を東京都内の本社に搬送し、報道公開を始めた。車載用センサーなどの開発が目的の非売品としているが、ウォークマンなど数々の世界初の製品を生み出してきたソニーだけに、市販化への期待は大きい。ただ、そのために乗り越えるべきハードルも高く、国内自動車メーカーは現時点では脅威とは見ていない。

 国内メーカーは冷静

 VISION-Sは、今年1月に米ラスベガスで開かれた家電IT見本市「CES」の会場で、吉田憲一郎社長がサプライズ披露した。ソニーが公道走行を想定した乗用車型のEVを発表したのは初めてで、自動車業界でもビッグネームの参入に驚きの声が上がった。

 今回、公開された試作車は銀色のセダンで、車内外の人や物を検知するセンサーを33個搭載し、一定の自動運転が可能。運転席の前にはタッチパネル式の3画面を横一列に配置し、スマートフォンのように指の動きで地図を拡大したり、立体的な音響システムを用いた音楽や映画を楽しんだりできる。

 わずか数分間だったが、同乗試乗した印象では、ソニーならではの仕掛けが実感できた。

 スタッフが離れた場所からスマートフォンアプリを操作すると、前部のエンブレムから車側部へ流れるように白いライトが光り、ドアが解錠。後方の景色が映る運転席脇の小型モニターは物理的な鏡ではなく、高精細カメラで捉えた「画像」で、雨などの悪天候でもくっきりとみえるという。

 EVのため当然、エンジン音はない。その静粛性も生かし、音響は360度から聴こえるように配置。運転する人は見られないが後部座席に付いたモニターで映画なども映せて、「走るエンタメ空間」も目指しているという。

 ハンドルは握れなかったため、車の本質的な運転のスムーズさは分からなかったが、魅力は高く、市販されるとなれば販売価格が高くても購入希望者は少なくなさそうだ。だが、自動車メーカー側の見方は冷静だ。

 「ただタイヤとモーターを付けて走らせるだけなら誰でもできる。でも、人間がストレスなく快適に制御して走れる『安全な乗り物』は、そう簡単につくれるものではない」。国内完成車メーカーの技術者は「一緒に何かやってみたい」とソニーに敬意を表しつつ、約1世紀の歴史がある“先行者”の余裕とプライドを見せた。

 自動車は近年、自動ブレーキやハンドル補助など先進安全技術の急速な進化にくわえ、将来的な自動運転時代も見据え、電波や光のセンサー、カメラ、制御用マイコンといった精密機器の塊となっている。

 自動運転以前のレベルでも、緊急ブレーキでは車体を急停止させつつも全ての搭乗者が大けがをしない程度に抑えるなど「数値だけでは判断できない体感も考慮した制御を緻密に調整している」(別の技術者)という。

 さらに、世界での販売を考慮し、凍結路面から赤道直下のアスファルト、泥だらけの大雨、激しく揺れる悪路など「どんな環境でも故障せず安全に制御できなければならない」(エンジニア)という大前提がある。このため、車の精密機器化が進むほど耐熱性や耐震性などが大きなポイントになる。今のところ、国内自動車メーカー関係者は「一定の脅威ではあるが、主導権を取られるほどではない」とみている。

 トヨタに部品供給

 一方でソニーは、トヨタ自動車系の車載部品大手デンソーに画像センサーが採用されるなど車載部品メーカーとしての地歩も固めつつある。トヨタの高級ブランド「レクサス」のセダン「LS」などに既に搭載されているのだ。

 こうした実績もあってか、VISION-Sの開発責任者の川西泉執行役員は「車を作ることに、それほど『難しい』という印象はなかった」と強調。年度内に公道試験を行うとしており、市販についても「よりよいユーザー体験を追求するのがソニーの使命であり、可能性はゼロではない」と明言した。

 近年、財務体質が強化されたソニーにとって次に必要なのは「ソニーらしさ」といわれる。VISION-Sはその象徴となれるのだろうか。(桑原雄尚、今村義丈)

 VISION-Sの主なスペック

 サイズ(全長×全幅×全高) 4.895×1.9×1.45メートル

 ホイールベース 3メートル

 車両重量 2.35トン

 停止状態から時速100キロまでの要加速時間 4.8秒

 最高速度 時速240キロ

 駆動方式 前後の2つのモーターで四輪駆動

 乗車定員 4人

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