営業秘密流出、情報入手側に訴訟リスクも 「持ち込ませぬ」対策急務

2021.2.22 06:06

 ソフトバンクの元社員の男(45)が、楽天モバイルに転職した際に前職の営業秘密を持ち出したとして1月に不正競争防止法違反容疑で逮捕された事件は、さまざまな情報がデータ化され簡単に持ち出すことが可能なデジタル社会の「負の側面」を顕在化させた。特に近年は兼業や副業、企業同士の連携が進み、営業秘密が流出するリスクは増大している。高額な損害賠償を求められるなど営業秘密は入手した側のリスクも大きく、持ち込ませないための対策も含め、対応が急務となっている。

 「楽天モバイルが当社営業秘密を既に何らかの形で利用している可能性が高い」。元社員の逮捕を受け、ソフトバンクはこうしたコメントを出した上で、楽天に対し営業秘密の利用停止と廃棄を目的とした民事訴訟を起こす考えを示した。同社によると、警察への捜査協力の過程で楽天モバイルの業務用パソコン内に営業秘密が保管されていたのが確認されたのだという。

 警視庁などによると男は2004年7月から19年12月31日までソフトバンクで勤務。退職直前に自宅のパソコンからソフトバンクのサーバーにアクセスし、第5世代(5G)移動通信システムの基地局などの技術情報のファイルをメールに添付して自分に送るなど、不正に営業秘密を持ち出したとされる。退職翌日の20年1月1日に楽天モバイルに転職した。

 ソフトバンクによると、在職中は5Gの基地局をつなぐ固定通信網の構築に関する業務に従事していたという。同社はこれまでも全社員との間で秘密保持契約を締結し、研修なども行ってきたが流出は防げなかった。

 経済産業省の担当者は、「営業秘密の流出を完全に防ぐのは難しい。ソフトバンクは対策をしていたから流出に気付けたとみるべきだろう」とした上で、「中小企業を中心にまだ対策が十分でない企業は多い」と指摘する。

 経産省が17年に行った調査では、営業秘密の漏洩(ろうえい)を検知する取り組みを行っている割合は大企業が77%だったのに対し、中小企業では24%にとどまっていた。

 働き方転換が要因

 取り組みが進まない背景について、国際企業法務に詳しい芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士は「終身雇用が長く続いた影響で日本企業では営業秘密に対する意識が米国などと比べると低く、安易に持ち出しているケースも多い」と指摘する。その上で、今回の事件など明らかになっているのは「氷山の一角で、リスクは高まっている」と警鐘を鳴らす。

 リスクが高まっている要因の一つは働き方の急速な転換だ。日本独自の終身雇用が崩れ、若い世代を中心に転職が“当たり前”になっている。総務省によると転職者数は近年増加傾向が続いており、19年は351万人と過去最多となった。政府は人材育成やイノベーションの観点から兼業や副業を推進しており、今後は複数の企業で仕事をする人の増加も予想される。

 また、デジタル化社会では、企業同士の連携も増えるとされ、営業秘密を他社と共有する機会も増えるとされる。新型コロナウイルスで広がったテレワークも、自宅から会社のシステムに接続する機会などを増やし、リスク要因となる。実際、警察庁の調べでも、19年の営業秘密侵害事犯は21件で、13年の5件から右肩上がりで増えている。

 営業秘密は長年の経営の中で生み出されるものだが、一度でも漏洩すれば、資産としての価値が失われ、回復は困難なケースがほとんどだ。また、企業が独自で研究開発を行う意欲が減退し、日本全体のイノベーション(技術革新)の阻害要因にもなるとされる。

 過去には海外企業に営業秘密が持ち出される事案も相次いだことから、経産省は15年に不正競争防止法を改正。違反した個人の罰金を最大1000万円から2000万円に、法人は3億円から5億円に引き上げ規制を強化。海外での使用を目的とした行為は罰則がなかったが、改正法では個人の罰金を最大3000万円、法人を10億円とし、国内よりも重い罰則を設けている。

 多額賠償で経営打撃

 「うちには営業秘密などはない」と高をくくり、十分な対策を講じていない企業も多いとみられるが、中途採用した社員が前職の営業秘密を持ち込み、知らないうちに使っているということも想定される。訴訟リスクを避ける上でも対策は重要だ。

 今回の事件でも楽天モバイルは従業員の逮捕について「前職により得た営業情報を弊社業務に利用した事実は確認されてない」と否定するが、企業イメージの低下は必至だ。

 捜査や裁判の結果、楽天が営業秘密を使っていると認定されれば、基地局建設を急ぐ楽天の携帯電話事業にも大きく影響が及ぶ可能性がある。多額の損害賠償が請求される可能性もある。過去には数百億円もの和解金を支払ったケースもあり、企業経営にも大きな打撃となる。

 楽天モバイルについても牧野弁護士は「データを不正取得しているのであれば、『利用していない』と主張しても責任は免れないだろう。今後は組織的な関与の有無や、営業秘密の価値・有用性が焦点となるだろう」と話している。(蕎麦谷里志)

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