気候変動への「適応策」好事例 注目集める治水システム「田んぼダム」

視点

 □産経新聞論説委員・長辻象平

 「田んぼダム」をご存じだろうか。気候変動に伴う豪雨の増加で、にわかに注目を集め始めている治水システムだ。

 巨費も不要で、完成までに長期の歳月も必要としない。それでいて、かなりの効果を期待できるのだ。

 田んぼダムは、本物のダムではない。水田が持つ貯水機能に着目した命名だ。大雨が降ったとき上流側の水田群に一時的に雨水をため、それをゆっくり放出すれば、下流側の水位上昇を抑制できる。

 これが田んぼダムによる洪水被害の軽減メカニズム。個々の田んぼにたまる雨水の深さは浅くても水田群の面積は広いので、総貯水量は莫大(ばくだい)なものになる。「浅く広く」が、田んぼダムの特徴だ。

 近年、水力発電を兼ねた多目的ダムなど大型ダムの建設は、環境保全への配慮や公共工事に対する批判などもあって困難になってきている。

 その一方で、激しい雨の降り方は勢いと頻度を増している。即効性のある田んぼダムへの関心の高まりは、気候変動に対する日本発の「適応策」の具体的な一例だ。

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 水田に田んぼダムの機能を持たせるには新たな装置が必要だが、追加装置は驚くほどシンプルだ。

 水田から水路に水を出す排水マス(畦(あぜ)に取り付けられている)の型式にもよるのだが、最も簡便な追加装置は、落水量調整板と呼ばれる直径5センチ前後の丸穴が開いた1枚の板でよい。

 排水マスが未整備の水田用には、樹脂製の軽量素材で作られた排水マスと落水量調整板がセットになった、田んぼダム用の装置も開発されている。畦道に重機を搬入することなく簡単に据え付けられるということだ。

 田んぼダムは、新潟県村上市が発祥の地だ。低平地を抱える市内の神林地区では、大雨時に上流側の水田に水をため、ゆっくり放出するという試行的な調整が行われた歴史がある。約60年前のことだ。

 近年、雨の降り方が激しくなってきたこともあり、地区での取り組みは2002年から、より本格的なものに発展した。これが現代の田んぼダムの始まりだ。

 新潟県内の田んぼダムの面積は、普及初期の05年には2000ヘクタール弱だったのが、年々増えて15年の時点で1万1100ヘクタール、15市町村での実施となっている。見附市の導入率が目覚ましい。

 田んぼダムの有効性も実証されている。300年に1度の雨量とされた11年7月末の新潟・福島豪雨でのことだ。

 新潟市内の白根地区は、信濃川と中ノ口川に囲まれていて低地が多いが、この豪雨に先だって同地区では、田んぼダムが整備されていた。

 白根地区では、田んぼダムの効果で167万トンもの雨水が水田に一時貯留され、被害を一定範囲に押さえ込んだことが、新潟大学農学部の吉川夏樹准教授(水環境工学)の検証結果として報告されている。

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 20年からは地球温暖化対策の国際的な枠組みとして「パリ協定」が、現行の京都議定書に取って代わる。その運用ルールを話し合う国連気候変動枠組み条約第23回締約国会議(COP23)が6日から12日間の日程で、ドイツのボンで始まった。

 パリ協定は、世界の平均気温の上昇を産業革命以前と比べて2度より十分低く抑えることを目標にしているが、既に日本でも気候変動による脅威が増しつつあるのが現実だ。自然の生態系だけでなく、国民の生命や農業などにも悪影響が兆している。

 そうした実害を、さまざまな工夫によって回避したり、最小化したりしようとするのが、適応策の考えだ。

 適応能力の拡充は、パリ協定においても締約国に求められている要件だ。

 日本で増加傾向にある集中豪雨による被害を軽減するための田んぼダムは、適応策の好事例だ。即効性の魅力が大きい。

 水田と治水に関わる田んぼダムのさらなる普及には、農林水産省と国土交通省の連携が不可欠だ。上流側農家の参画意欲を促進する国や自治体の努力も欠かせない。

 日本の水田面積は250万ヘクタール。その潜在力を活用しない手はないだろう。