特許庁・中村敬子さん逝去 “厳しいからこそ楽しく”
生かせ!知財ビジネス特許庁で女性初の企画調査課長を6月まで務め、将来を嘱望されていた、中村敬子(たかこ)さんが今月5日、転移性腫瘍のため、49歳で死去した。中村さんは「特許庁の情報システム改革」の仕事ぶりで知られるが、近年は地方創生のための「事業プロデューサー派遣事業」や第4次産業革命時代の「特許・標準化・データ戦略の検討」などに関わっていた。IoT(モノのインターネット)時代の到来を庁内でいち早く予測した。情報システム室での経験や産業界、学術界との交流が役に立った。
宗像直子特許庁長官は、9日付の産経新聞に寄せた追悼文で、中村さんへの思いをつづっている。
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大きな目がキラキラしている笑顔と、エネルギーあふれる話ぶりに、初対面ながら、一気にひき込まれた。「仕事が大変なことは、病気も含めてたくさんありましたけど、いろんな人とのつながりで乗り越えてこられました」「女性とか男性とか、関係ないですよね。そういうこと考えないで仕事してきました」
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宗像長官が“女性が働きやすい職場”の評価が高いという実像を聴きたくて女性職員数名と懇談したときのことだった。中村さんをよく知る同庁幹部は「それが中村さんの気持ちであり、長官も共感したのでは」と話す。
中村さんはかつて「大変だった情報システム室時代を乗り越えられたのは、庁内の仲間だけではなく、庁外の人たちも助けてくれたからだ」としみじみ語っていた。
人のつながりが重要だと考えた中村さんは企画調査課長就任時に「怒られる、恥ずかしい、面倒くさい、とならず、まずは誰もが安心して言い合える職場にしたい」と語っていた。何でも職員と話し、つながりを持った。病名を知る職員も多かった。そして目指したのは“楽しい職場”だ。それは「最後までがんばってもらう。仕事なので」という厳しい指導方針とも表裏をなしていた。
ある女性幹部は「宴席で若手へ『(私自身)生きているだけで幸せ。励まし合い、楽しく乗り越えていこう』と言っていた。仕事はつらいが彼女はもっとやりたかったはず。だから今も『みんな楽しくやって』と言っていると思う」と話した。(知財情報&戦略システム 中岡浩)
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