【論風】南海トラフ地震の新情報 “予知困難”で運用が難解に
□防災・危機管理ジャーナリスト 渡辺実
11月1日正午から、気象庁が新しい「南海トラフ地震関連情報」を発表することになったのをご存じだろうか。
警戒宣言は凍結
1978年、南海トラフの一つである東海地震を対象に大規模地震対策特別措置法(大震法)が施行された。2~3日以内に地震が起きると予知できた場合、総理大臣が「警戒宣言」を発表する。この情報を受け、国や自治体、民間事業者などは、事前に定めた住民避難、警戒区域内への鉄道・道路進入禁止、また学校・銀行業務停止などさまざまな規制を実施し、地震を迎え撃つことになっていた。これは「東海地震は明日起きてもおかしくない」という学説に基づき世界でも唯一、予知を前提につくられた画期的な地震対策だ。幸いにもこれまで39年間、警戒宣言は一度も発表されていない。
この間、阪神・淡路大震災や東日本大震災など巨大地震を経験し、地震学が進歩して明確になってきたのは「予知は難しい」ということだ。そして今年8月、南海トラフ地震の対策を検討してきた中央防災会議作業部会は「現時点で確度の高い地震予知は困難」であることを前提にこれまでの大震法に基づく対策を根本的に見直した。
しかし2~3日以内の直前予知は困難だが、南海トラフ地震の特性から「地震発生を推測できる可能性はある」として、(1)南海トラフの東側だけで大規模地震が発生した場合(西側は未破壊)(2)南海トラフでマグニチュード(M)7クラスの地震が発生した場合(3)東海地域のひずみ計で有意な変化を観測した場合-の対応を検討している。これらの現象がみられた場合、気象庁は有識者からなる「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」を開催して「南海トラフ地震に関連する情報」を発表することにした。
上記(1)と(2)の場合は、M7以上の地震や異常現象観測から概ね30分後程度に『臨時情報第一号』を発表。内容は(1)巨大地震との関連性の調査を開始したこと、(2)評価検討会を開催したこと。そして第一号情報から最短で2時間後をめどに『臨時情報第二報』を発表。内容は(1)巨大地震の可能性が高まったこと、(2)調査を継続中であること。これ以降は『続報』を発表していき、最悪の事態は南海トラフ地震が発生することになる。前述のひずみ計での有意な変化では、1カ所以上のひずみ計に有意な変化があった場合、『臨時情報第一報』が、さらにプレート境界で大きな滑りを推定した場合に『臨時情報第二報』を発表する。
3つの問題点
多くの読者には分かりづらいかもしれない。「地震予知」とは、(1)いつ(2)どこで(3)どれくらい-の規模の地震が起きるかという3要素が必要。以前は(1)2~3日以内に(2)東海地震想定震源域で(3)M8前後の地震が発生する-ことが前提になっていたが、今回は南海トラフ地震想定震源域が東海・南海・東南海・日向灘地震に広がったため、この3要素を前提にできなくなった。
主な問題点を挙げてみる。1点目は、この情報が発表されたあとで住民や自治体・企業などはどう対応すればいいのか。この点はこれからモデル地区を選定してガイドラインなどが検討されることになっているが、今回見直した情報は不確実な面が多いので、突発で起きることを大前提に防災対策を実施する必要がある。
2点目はこの臨時情報をテレビ、ラジオなどメディアがどう伝えるのか。従前の警戒宣言などのメディア情報を徹底的に見直して早急にバージョンアップを実施しなければならない。3点目は、すでにM7クラスの地震が発生しているケースでは南海トラフ想定震源域が超広域になるため、その対応も含めて誰に、いつ、どのような情報発信をするのか。課題は山積している。
不確実ながらも逼迫(ひっぱく)した事態を前にわれわれ国民はどう対応したらいいのか。「南海トラフ地震関連情報」が難解な情報になることは間違いない。
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【プロフィル】渡辺実
わたなべ・みのる 工学院大工卒。都市防災研究所を経て1989年まちづくり計画研究所設立、代表取締役所長。NPO法人日本災害情報サポートネットワーク顧問。技術士・防災士。66歳。東京都出身。
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