高須院長を挑発した男の愚かさ ネットの「謝ったら死ぬ病」は身を滅ぼすだけ
【ニッポンの謝罪道】 ネットにはびこる「謝ったら死ぬ病」。これが本当に無駄なものだと改めて痛感する騒動が起きた。1月7日、高須クリニックの高須克弥院長とそのパートナーである西原理恵子氏に対し、不躾なツイートをする者・Aが登場した。なんと、この人物は1月16日になってもまだ当件について釈明を続けており、相変わらず多くの人から叩かれ続けているのだ。早々に謝っておけば良かったのに、「謝ったら死ぬ病」に完全にかかっていたAは、なかなか過ちを認めなかった。今ではしおらしく反省の弁を述べているが、本当にヘタクソなヤツだ……と嘆息してしまった。(ネットニュース編集者 中川淳一郎)
◆西原氏を「慰安婦」呼ばわり
Aが何をしでかしたかというと、ニュースサイト「リテラ」が掲載した『西原理恵子が高須院長と「朝鮮人絶滅」を叫ぶ犯罪的ヘイトデモを応援…パートナーに引きずられたではすまない責任』という記事を引用し、「西原理恵子自身が、高須の慰安婦という存在な訳ですから・・・」とツイートしたのだ。Aは過去にもツイッターで「高須克弥自体がこの世から消滅すれば良いと思います」と投稿しており、元々高須氏をよく思っていなかったのだろう。
高須氏は自分の恋人が「慰安婦」呼ばわりされたことに対し、「おい!こら すぐに謝罪しろ。ただではすまさない」と呼びかけたが、Aは「おっ、やるのか?」と挑発。これを受けた高須氏が「謝罪がないので名誉棄損で訴訟することにしました」と表明するやいなや、Aは態度を変え“謝罪風自己正当化”を始めたのだ。
「高須克弥先生にとって、西原理恵子さんは、お互いが心をなぐさめあい、労をねぎらいあう対象(慰安)の女性のお友達(婦人)ではいらっしゃらないのですか?」
Aの弁明は見るに堪えず、これには本気で呆れてしまった。
過去のツイートを見ると、普段からAは従軍慰安婦問題について言及していただけに、「慰安婦」の意味は理解しているはずだ。それがあろうことか「ねぎらいあう女性」の意味で「慰安婦」という言葉を使い、その関係性が羨ましいといった文脈にすり替えたのである。「慰安」という言葉は「慰安旅行」以外ではもはや使われない言葉になってしまった。あまりにも「慰安婦」がもたらす負のイメージが強いからである。
◆ここで謝罪していたらよかった「謝り時」
この段階でAの元には批判が殺到していたが、途中から自身の年収は100万円前半(おそらく「100万円台前半」だろう)で、88歳になる寝たきりの父親がいるなどとツイートし、今度は泣き落とし作戦に出始めた。こんな状況に追い込まれるのであれば、Aはすぐさま謝るべきだった。実際に高須氏は11日、「その場で謝罪チャンスは与えた。真摯に謝罪したとは認められず、(中略)専門の弁護士に依頼なう」とツイートしている。高須氏が7日に「すぐに謝罪しろ」と言った時点で次のように返事しておけば、おそらく高須氏はAを許していたと思うのだ。
「高須先生、先生が大切に思っていらっしゃる西原理恵子さんのことを『慰安婦』扱いをしてしまい本当にごめんなさい。大失言でした。自身の浅はかさを深く反省するとともに、自分の吐いた言葉に今後は責任を持とうと痛感しました。件のツイートは削除するとともに、改めてお二人に深くお詫び申し上げます」
しかしAは素直に謝ることなく、なんとか自己正当化を図ろうと躍起になった。しかも「慰安婦」という言葉の解釈についてこだわり、くどくどと弁解しているが、論点はそこではなく「高須氏が大切にしている西原氏を侮辱した」ということだけだ。Aは上記のように謝罪をしたうえで、しばらくツイッターを自粛すると宣言しておけば、騒動勃発から9日経ってもなかなか炎上が鎮火しない、という状態にはならなかったのだ。そう考えると「謝り時」というのは重要だと感じ入る。
◆謝って済むなら謝ったほうがいい
この騒動ではAの論理のすり替えが責められるべきで、高須氏に非はない。
一方で、高須氏の一件とは別の問題になるが、もうひとつ、謝罪においては「怒っている人にはとにかく謝る」という姿勢を持つことも大切だ。人が怒るのにはそれなりの理由がある。謝罪によって多額の賠償金を取られるのであれば、謝ることには慎重になった方がいいが、そうでなく「気持ちの問題」の場合は謝罪した方がいい。
さて、この「謝り時」と「とにかく謝る」で印象的だったできごとがある。2001年、博報堂を入社4年目で辞めた私は、朝日新聞が発行するタブロイド紙「セブン」のライターになった。ライター未経験だったのだが、会社員時代の先輩である嶋浩一郎氏(現・博報堂ケトル共同CEO)が当時朝日新聞に出向しており、「お前暇だろ?」と誘ってくれたのだ。
911の米同時多発テロの時期に発行していた新聞だっただけに、Bさんという女性ライターとイスラム教関連の特集をよく作っていた。
ある時、Bさんが嶋さんに救いを求める電話をかけてきた。
「たいへんです! 山田先生(仮名)が激怒しています! 私の書いた内容が全然ダメで理解が足りん! 上の者を出せと言っています!」
Bさんはイスラム教関連の大家である山田先生に取材。執筆した原稿を先生にチェックしてもらったところ、意図がずれていると激怒されたのである。まだ世に出す前なんだからそんなに怒ることはないだろうよ……とも思うのだが、先生にとってはまともに対応したにもかかわらず、記者の理解不足が腹立たしかったのだろう。
嶋さんはBさんに対し「分かった。とにかく行けばいいのね」と言い、すぐに朝日新聞社を出て山田先生の勤務する大学に向かった。「このたびは大変失礼しました。原稿の問題点をぜひともご教授ください」と嶋さんが頭を下げたところ、山田先生は「キミは分かってるね! いいね、いいね!」と相好を崩したのだという。
嶋さんにこの時の真意を聞いた。「Bさんの原稿、理解できるし、そこまでひどくないじゃないですか」と。すると嶋さんは「いやぁ、そうはいっても怒っている人がいたら謝らなくちゃいけないよなぁ……」と言った。そしてこう続ける。「謝って済むんだったら、謝った方がいいんだよ」。
◆「謝ったら死ぬ病」は友人も失う
「謝ったら死ぬ病」にかかっている人は、こうした判断ができない。時には「利」だけで判断して謝罪をしてしまった方が、ものごとがすんなりと終わるかもしれない。心にもない謝罪をするのはプライドが許さないというのは無意味である。謝るだけだったらタダだ。
あと、客観的に見て自分に非があるのが明白な場合は何よりも早く謝罪を。本稿で紹介したAはどう好意的に見てもAに非がある。ここでどう体裁を取り繕おうとしても、無駄な悪あがきをしていてみっともないやつだと思われて終わる。往生際が悪いとさらに印象が悪くなるだけだ。
最後にもうひとつ、「謝ったら死ぬ病」の人は友人を失うこともあると思うので、ご注意を。
【プロフィル】中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
PRプランナー
1973年東京都生まれ。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライター、「TVブロス」編集者などを経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『謝罪大国ニッポン』『バカざんまい』など多数。
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【ニッポンの謝罪道】はネットニュース編集者の中川淳一郎さんが、話題を呼んだ謝罪会見や企業の謝罪文などを「日本の謝罪道」に基づき評論するコラムです。更新は原則隔週水曜日。
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