化学テロでサリンも想定 東京五輪にむけ厚労省研究班、5月にもテロへの対策案
2020年東京五輪・パラリンピックでの化学テロ発生に備え、厚生労働省の研究班(代表=小井土雄一・災害医療センター臨床研究部長)が、治療に用いる解毒剤の新たな国家備蓄や迅速な配送などの対策案を記した報告書の作成を進めていることが分かった。「競技場でサリンが散布された場合」といった具体的事例を想定し、テロ対応に実績のあるイスラエルや米国の事例も研究。対策案は5月にもまとめ、それを受けて厚労省が具体的な準備を検討する。
「オウム事件」の衝撃
大会期間中は海外から旅行客が多く流入し、会場だけでなく地下鉄や観光地などの警備が手薄な「ソフトターゲット」を狙って化学テロが起こる懸念がある。小井土氏は「今ある解毒剤などの保有状況を踏まえ、大会に向けた国家備蓄の再検討が必要」と話す。
日本の化学テロへの備えは後手に回ってきた。平成7年に発生した地下鉄サリン事件は、関係者に強い衝撃を与えた。
平成7年3月、東京都心の地下鉄の車内にサリンがまかれ、13人が死亡、約6000人が重軽傷を負った。数千人が病院で手当てを受ける事態になり、陸上自衛隊の化学防護隊が除染のため出動した。ただ患者に投与する解毒剤は首都圏の備蓄量では足らず、製薬会社などの協力で別の地域から急遽(きゅうきょ)集められた苦い経緯がある。
薬はどれだけ必要か?
研究班は具体的に、大会の主会場となる8万人収容の新国立競技場(東京都新宿区)で、ペットボトル入りのサリンが散布されたケースを想定。重症患者が80人、中軽症患者が800人出ると見込み、半径10キロ圏の28医療施設に解毒剤などが6720容器分必要だという調査結果を得た。
研究班は1月までに都内の災害拠点病院や医薬品卸施設計約150施設に解毒剤などの在庫状況も調査しており、必要量と在庫量の隔たりを見極めている。
新たな備蓄先として検討しているのは、東京23区内にある地域災害拠点中核病院など(7施設)。各地の病院には解毒剤などが保管されているが、多くの患者が発生した場合に既存、新規の国家備蓄をどう展開させていくべきか-といった配送の考え方についても対策案に盛り込む予定だ。
特に米国やイスラエルなど先進的な対応を参考にした。米国では化学テロが発生した場合、人口の約9割が1時間以内に投与できるよう薬剤が戦略的に配置されているとされる。
患者へどう投与する?
備蓄と同時に、患者への投与にも課題がある。
「病院搬送後に被災者に解毒剤を投与するのでは時間がかかりすぎ、重症者を救命することはできない」と指摘するのは森ノ宮医療大学の吉岡敏治副学長だ。
吉岡氏は「現在は化学剤の検知機器が発達して早期に投与すべき解毒剤が決定できるようになったが、日本ではいまだに医療機関内での解毒剤投与が想定されており、現場投与は想定されていない」と説明。「ホットゾーン(危険区域)からの救出後、除染までの間に解毒剤の投与や救命処置などの特定行為を行えるように、環境整備を早急に進める必要がある」と語っている。
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【用語解説】サリン
神経中毒剤の一種。無色・無臭の液体(常温)で、水によく溶ける。揮発しやすく、肺や目などから吸収され、皮膚に1滴垂らすだけで死に至るとされるほどの猛毒。先の大戦中、ナチス・ドイツで有機リン系殺虫剤の開発中に発見されたもので、発見者の名前から命名された。サリンを使ってオウム真理教が起こした事件の教訓から、平成7年4月、犯罪防止のためにサリン防止法が施行された。
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