「少年時代のあこがれだった」 衣笠氏の死去を受け広島ファンの自民・岸田政調会長コメント

 
岸田文雄自民党政調会長(佐藤徳昭撮影)

 プロ野球広島で中軸打者として活躍し、プロ野球記録の2215試合連続出場で「鉄人」と呼ばれた衣笠祥雄氏の死去を受け、広島ファンとして知られる自民党の岸田文雄政調会長は24日、党本部で記者団に「躍動感あふれる選手で、少年時代のあこがれだった。ご冥福をお祈りします」と語った。記者団とのやりとりは次の通り。

 --衣笠祥雄さんが亡くなられた。

 「衣笠祥雄さんがお亡くなりになられたというニュースを聞きました。大変寂しいことであり、心からご冥福をお祈りしたいと思います。衣笠祥雄さんはかつて山本浩二、山本一義、こうした選手と合わせてカープのクリーンアップをなし、私たちの少年時代のあこがれでありました」

 「衣笠選手については、昭和50年カープが(セ・リーグ)初優勝して、2215試合連続出場の日本記録を打ち立て、そして国民栄誉賞にも輝いた。カープ初優勝後の活躍も大変印象的でしたが、個人的にはその前、カープが3年連続最下位であったり、万年Bクラスであった大変厳しい時代の衣笠選手の活躍が思い出に残っています」

 「当時の衣笠選手はストライクを入れられ、一球一球追い込まれる度にバットを長く持つということをしていました。私は雑誌のインタビューで見たのですが、ストライクをとられて精神的にも追い込まれ、なおかつ物理的にも追い込まれるようなことはばかがやることだ、と。よってストライクをとられる度に持つバットの長さを長くする、こういったことで徹底的にバットを振り回していた。そういった躍動感あふれる選手でした。少年時代のあこがれでした。お亡くなりになったこと、大変寂しく思っています。ご冥福をお祈りいたします」

 --カープのセ・リーグ初優勝は、後楽園球場で観戦したと思うが、衣笠さんの印象は残っているか

 「あのときは間違いなく衣笠選手も、選抜メンバーで並んでいたはずです。あのときの試合は今でもしっかり覚えていますし、私の人生の宝物の一つです」

 --衣笠さんから得たもの、政界おいていかされていることはあるか

 「やっぱりあの躍動感。フルスイングする姿。これは見ているものには元気を与えてくれました。ああした多くの皆さんに勇気や元気を与える存在は大変大事だと思います。政界において、あるいは個人個人においてはいろんなタイプがあります。いろんなタイプがありますが、衣笠選手のようなタイプ、こうしたタイプの選手は大変、大切な存在だと思います」

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