【地球を掴め国土を守れ】技研製作所の51年(16)時代が追い風「サイレントパイラー」開発へ始動

 
オーストラリアへ視察旅行した際の北村精男(左)と垣内保夫。30年以上にわたり名コンビぶりは続いた=昭和57年1月

 「君たちは未来のエジソン!? 君たちのすばらしい夢を教えて」。高知県では毎年、こんなキャッチフレーズを掲げ、小中学生や工業系の高校生、教員を対象に、ものづくりを支援する「エジソン賞」の表彰事業が行われている。

 このエジソンとは、米国の発明王トーマス・エジソンではなく、産業用機械製造業「株式会社垣内」(高知県南国市)の創業者で、高知の発明王といわれた垣内保夫のことである。

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 同賞は垣内が平成16年に世を去った後、「高知のエジソン」こと垣内の業績をたたえ、ものづくり精神を受け継ぐため、県内の製造業系企業などで組織する高知県工業会が創設した。

 同社の会社案内では、「商品欄」でバイオ肥料生産機、かんきつ系搾汁システム、クレーン、照明装置、溶接ロボなどを紹介。さらに、1970年以降の「開発品」では、空き缶や医療関連などの産業廃棄物処理機、海中探査機、ミニ機関車といった遊具類まで“知恵の結晶”が並ぶ。また垣内保夫は、からくり人形を復元し、子供たちにものづくりの楽しさを教える社会教育者としても知られる。

 そして、垣内にとっても「世界的なヒット商品」として紹介されるのが、技研製作所社長の北村精男(あきお)の着想をもとに二人三脚で造りあげた無振動・無騒音の杭(くい)打ち機「サイレントパイラー」である。

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 「垣内さんなくしてサイレントパイラーは誕生しなかった」。北村は、垣内との運命的な出会いを振り返る。

 「杭の上に載っかった機械が、その杭の引き抜き抵抗力を反力として次の杭を押し込むというイメージをラフスケッチした。さて、これを誰につくってもらえばいいのか。高校の先輩に相談に行ったところ、『そりゃ、器用な垣内さんがえいろう』ということになった」

 昭和48年の夏の終わり、北村が構想を説明すると「そりゃ、面白い。やってみよう」。垣内のこの一言で二人三脚の挑戦は動き出し、仕事を終えると高知市内の居酒屋で2人が知恵を出し合う日々がしばらく続くことになる。

 49年は、俳優の石原裕次郎とともに「戦後社会を牽引した」プロ野球、読売巨人軍の長嶋茂雄が現役を引退。喧噪(けんそう)な成長期から生活の質を問う安定期へ社会のムードが移行していった変わり目の年だった。そうした時代の空気は、無公害のサイレントパイラー普及への追い風となったのである。

=敬称略

 首都直下、南海トラフの地震や多発する水害の危機が迫る中、独創的な工法が注目を集める「技研製作所」は創業50年を迎えた昨年、東証1部上場を果たした。この連載では、北村精男が一代で興した同社が、世界企業として発展してきた半世紀を追う。