文化遺産登録5周年、「世界の宝」富士山 課題も

 
裾野に雲がかかる富士山。下は山梨県の山中湖=8日

 世界文化遺産「富士山」(山梨、静岡)が22日に登録5周年を迎えた。自然遺産ではなく、信仰と芸術の山という文化的価値をアピールした戦略が奏功。景勝地・三保松原が事前審査で除外勧告を受けながらも、その後の巻き返しで逆転登録を勝ち取ったことも話題となった。「日本の象徴」から「世界の宝」に昇華し、国境を超えて人々を魅了し続ける名峰の今を探った。

 富士山は2013年6月22日、カンボジアで開かれていた国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会で登録が決まった。委員会決議は、長い山岳信仰の伝統に加え、葛飾北斎や歌川広重の浮世絵に描かれた姿が西洋芸術にもたらした文化的な影響を「衝撃」と言い表し、称賛。一方で、山中湖など一部の構成資産が「観光と開発の圧力に直面している」と強い懸念も示した。

 1990年代、富士山は日本を代表する「山」として世界自然遺産への登録を目指す運動が盛り上がった。だが政府は03年、ごみによる環境汚染などを理由として、ユネスコに推薦する候補には選ばなかった。山梨、静岡両県などの地元は次に、信仰や芸術の側面に着目。文化遺産に路線変更し、登録に近づいた。

 ところが登録審査の直前、試練が襲った。ユネスコ諮問機関が山から45キロ離れた三保松原を「山の一部とみなせない」として、除外を勧告。一括登録が危ぶまれる中、当時の近藤誠一文化庁長官らが各国関係者を説得する異例のロビー活動を展開し「奇跡の逆転」(同庁幹部)につなげた。

 ただ世界遺産委は、登山者20万~30万人が毎年押し寄せる現状を「神聖な雰囲気を阻害する方向に作用」と指摘。通常は6年ごとの提出としている遺産保全の報告書を3年ごとにするよう求め、監視を強めている。

 両県は登録決定後、環境保護や安全対策に充てるため、原則1人1000円の入山料の任意徴収を開始。登山者が持ち込むごみの減量といった環境改善方針を16年にユネスコへ報告した。今年12月までには、1日当たりの望ましい登山者数の目安を盛り込んで、新たな報告書を提出する。

 貴重な遺産を将来世代に確実に引き継ぐために、たゆまぬ努力と工夫が求められている。

 三保松原 残る景観問題

 外国人観光客に人気の東京や京都、大阪を結ぶ「ゴールデンルート」の中間にある富士山。世界文化遺産登録による知名度アップと全国的な訪日客の急増が追い風となり多くの外国人が訪れ、観光需要は堅調だ。だが登録決定から5年を迎え、より消費額の多い宿泊客数は落ち着きつつある。

 富士山の遺産登録が決まった2013年、訪日客が初めて1000万人を超えた。静岡県によると、日本人も含めた同県への観光客数は12年度から5年連続で増えており、16年度は延べ1億5000万人に達した。県は「外国人客の増加が下支えした」とみる。ただ宿泊客に限ると、同年度は5年ぶりに減少した。

 山梨県も同様で、観光客は12年から毎年増えてきたが、17年の宿泊客数は県推計で前年比9.2%減だった。県は観光シーズンの天候不良が要因とするが、静岡県の担当者は「団体から個人旅行にシフトした訪日客がゴールデンルート以外に流れ、恩恵を受けづらくなっている」と分析する。

 登録に際して指摘された景観問題の解決も時間がかかりそうだ。

 静岡市清水区にある三保松原。全長約7キロの海岸から松林越しに富士山を望める景勝地として古くから親しまれてきた。しかし、除外勧告した国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関は、消波ブロックが景観を損ねていることなども問題視した。

 静岡県は、海中に突堤を設け、計4カ所のうち2カ所のブロックを24年ごろまでに撤去する方針。突堤はL字形で、最終的には、くぼみにたまった砂に覆われ突堤が目立たなくなると期待される。だが、担当者は「自然条件は絶えず変わる。慎重に進めなければならない」。残る2カ所をどうするかは44年ごろまでに検討するとしている。

 「吉田ルート」混雑対策 長い道のり

 山梨県富士吉田市から富士山頂へ向かう登山道「吉田ルート」は7~9月の開山期間中の週末、ご来光目当ての登山者で大混雑する。県は、特に週末の明け方には事故の危険性が高まるとして、打開策の検討を急ぐ考えだ。だが、入山者数の上限設定などには「登りたいという気持ちを行政が規制できない」と慎重姿勢で、抜本的な対策への道のりは長い。

 山頂へは4ルートあるが、年間登山者数の約6割を占める13万~18万人は吉田ルートを選ぶ。静岡県側の3ルートに比べ山小屋が多く、初心者向けなのが人気の理由だ。

 だが、入倉博文山梨県世界遺産富士山課長は「吉田ルートの登山者の半分は初心者。狭い山道で無理な追い越しをするなどトラブルが起きている」と打ち明ける。

 県が「著しい混雑」の目安にする1日当たりの登山者数は4000人だ。4000人に達すると、山頂付近での間隔は30センチを切り、用具がぶつかる頻度が高まる。日が昇る前の暗がりでは危険性はさらに増す。1人の登山者の転倒が多くを巻き込む可能性も指摘されている。

 昨年開山していた72日のうち、4000人を超えたのは5日。国連教育科学文化機関(ユネスコ)も入山者数の適正な管理を求めており、県は「4000人を超える日がないようにしたい」と話す。

 ただ、その方法は、インターネットやチラシで、中腹からのご来光見学や混雑日を避けた登山を呼び掛けるにとどめている。「一生に一度、山頂でご来光を見たいという気持ちを、行政が権限を行使してまで否定できない」(入倉課長)ためで、登山者に任せるしかないのが現状だ。