【視点】再び「田んぼダム」 水田の貯水力で洪水被害の軽減を
西日本豪雨は、列島の半分にわたる広い地域に大変な災害をもたらした。
山が崩れて家屋を押しつぶし、河川が氾濫して住宅地を水没させた。
家族を失った人々、住まいを破壊された住民が炎暑の追い打ちを受けている。
山の保水力をはじめ、ダムの数や貯水量をもう少し増して河川が増水に耐え抜く力を強化できたら、と思う。
だが、上記のいずれも実現には長い年数と莫大(ばくだい)な工事費が必要だ。
その一方で、日本の雨の降り方は激しさを増している。1時間に80ミリ以上の雨の回数は、30年前に比べて1.7倍に増えている。豪雨対策には困難が多い。できることはハザードマップの整備や避難計画の立案だけなのか。重要であることは、もちろんだが、残念ながら受け身の対策だ。
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何か積極的な手立てはないだろうか。来年の梅雨時において実施可能で、コストを要さない豪雨対策はないものか。
そんな夢のような話は、あるはずがないと多くの人が思うだろう。
だが、あるのだ。山崩れには力が及ばないとしても、洪水の抑制にはかなりの効果を望める方法がある。しかも日本の土地利用の特性を生かした対策だ。
その手段は「田んぼダム」である。
水田は、もともと水を貯める機能を備えている。豪雨時に普段よりもう少し高い水位まで雨水を貯められると、個々の田んぼの貯水量はわずかでも地域の水田全体では膨大な水量を蓄えられる。
「薄く広く」が、田んぼダムの特徴なのだ。田んぼダムについては、昨年11月14日にも、この「視点」で書いているが、今回の豪雨禍を踏まえて、改めて紹介しておきたい。新潟県村上市を発祥の地とする治水技術なので、東日本では存在が知られ、普及が始まっているのだが、西日本では多くの人にとって初耳の存在だ。
水田をダムに変身させる装置は、A3サイズほどの木製の板1枚だ。中央付近に直径5センチほどの丸い穴が開いた、この板を水田の畦(あぜ)のコンクリート製の排水枡に差し込むだけでよい。
この板が水田から用水路への排水をせき止めるので、水田内の水位は上がるが、丸穴からゆっくりした排水は続く。豪雨が収まれば畦の内側の水位は下がるので稲の負担は軽減される。
下流側の河川の水位上昇は、田んぼダム群の緩和力によって緩やかなものになるので、氾濫防止につながるのだ。
排水枡のタイプによって調整装置に細部の違いはあるが、基本原理は共通だ。
大型ダムの建造には長い年数と数百億円を要するのに対し、こちらは1枚300円の板を、水田の1万カ所に設置しても300万円。上流域の農家の合意が得られるとただちに実施可能になる。「安く早く」も田んぼダムの特徴だ。
田んぼダムの効果は、新潟大学の研究者によっても検証されている。
激甚災害の指定を受けた2011年7月末の新潟・福島豪雨の際には、3600ヘクタールの田んぼダムの水田群がピーク時に167万トンの雨水をためて新潟市内での浸水被害を軽減させているのだ。
西日本の自治体は、新潟県に問い合わせるなどして、田んぼダムについての知見を深めるべきだろう。価値の高い手作りの治水システムだ。
耕作放棄による水田の荒廃防止にも役立つと期待されている。
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政府は今年6月、「気候変動適応法」を公布した。二酸化炭素に代表される温室効果ガスの削減に力を入れても異常気象による災害発生は防ぎきれないので、適応策を講じることで被害を軽減しようという“二の矢”作戦だ。
具体的には、河川の氾濫防止や過酷な気象に耐える農作物への転換促進といった事業がその柱だ。
フィンランドやオランダ、EU(欧州連合)、英国、米国などの国々は、かなり以前から適応策を本格化させている。
日本は効果の不確かな二酸化炭素の削減ばかりに熱心すぎた感がある。そのしわ寄せが国民生活に及んではたまらない。(産経新聞論説委員・長辻象平)
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