これも時代か…職人版「トキワ荘」が直面する課題 京都あじき路地、15年目の岐路
築約110年の京町屋を若手職人に貸し出し、創作活動の場として利用する長屋が並ぶ「あじき路地」(京都市東山区)。イラストレーターや革小物職人、照明器具デザイナーなどが共同生活を送ってきた。一つ屋根の下で切磋琢磨(せっさたくま)しながら作品を生み出す環境は、手塚治虫をはじめ日本を代表する漫画家たちが暮らしたアパート「トキワ荘」を彷彿(ほうふつ)とさせる。オープンから15年目を迎え、知名度も高くなったが、人気の観光スポットならではの課題が浮かび上がってきた。(小川恵理子)
職住一体の職人長屋
京都五花街の一つ、宮川町の近くに、奥行き約60メートル、幅約1.5メートルの細い路地に沿って、若手職人らが職住一体の生活を送る2階建ての長屋がある。
一区画は風呂トイレ付き4LDKで、1階は店舗兼工房、2階は居住スペースだ。これらが10軒連なった長屋で路地は、マンションでいえば共用部にあたる。土日には、週ごとに路地南側の店舗にも織物職人などが出店し、こだわりの品を買い求める観光客でにぎわう。
現在、長屋で暮らしているのは、それぞれの専門分野の技術を磨く職人の男女計7人。手がけるのは、オーダーメードの帽子▽三味線の製造・修理▽手縫いの革製品▽クッキーの表面に着色した砂糖や卵白を装飾した「アイシングクッキー」-など。週末を中心に作品を販売したり、各地で開かれる手作り市などに出店したりして生計を立てている。
アイシングクッキー専門店を営む小林由佳さん(29)は昨年9月に入居。一つ作るのに6時間かかるという舞妓(まいこ)型やがま口財布型などかわいらしいクッキーが並ぶ店頭で、「(路地で店を出せるのは)一生にあるかないかの貴重な経験。好きなことを自由にできるのがうれしい」と話す。
昨年10月に革小物専門店を開いた松島健二さん(32)は、職人として活動する傍ら、入居の機会をうかがっていた。「前の入居者が出たので、タイミング良く入れました。僕を目当てに路地に来てくれるような製品を作りたい」と意気込む。
入居者の「お母さん」
長屋の家主、安食(あじき)弘子さん(71)は、若手職人に部屋を貸す取り組みを平成16年に始めた。家賃は1軒あたり6万円。建物の修繕は家賃だけではまかなえず、私財を投入することも多い。そこまで献身的になれる理由は、幼少期の経験にある。
老舗商家の長女として生まれ、幼くして父を亡くしたが、母の「やりたいことをやりなさい」との言葉で彫金や七宝焼に打ち込んだ。金属工芸作家として生きていきたかったが、結婚と出産を機に夢を諦めた。
その一方、代々受け継いできた長屋は長年空き屋となって活気を失い、老朽化も進んでいたが、手放すことに抵抗があった。そんな中、若いころの記憶がよみがえってきた。「母が私を応援してくれたように、私も頑張っている若い子を応援したかったんです」と安食さん。
2年かけて修繕を終え、入居者を募集すると全国から応募が殺到。夫とともに130人の応募者一人一人と面談し、映写技師や宮大工、イラストレーター、看護師など7人を選んだ。「当時は今のように職人限定ではなかったが、確固たる思いを持つ人に入ってほしかった」と打ち明ける。
今でも心がけているのは、住人たちとの密なコミュニケーションだ。店舗に顔を出しては、近況や悩みを聞いたり、おにぎりなどを差し入れたりする。生活が乱れてしまう若者には厳しく接することも。それもあって、「お母さん」と慕われる存在になった。これまでに路地から巣立った若者は25人を数える。
見えてきた課題
もの作りの職人長屋としてメディアに取り上げられることも増え、注目を浴びることも多くなった、あじき路地。テレビドラマの撮影で使われ、空き屋活用の好事例として国から視察が訪れたこともあった。
一方、知名度が上がるにつれて「路地」としての課題も浮かび上がってきた。
現在4店舗あるが、ある店舗で職人が買い付けや百貨店などへの出店で不在にすると路地に人気がなくなり、観光客が他の店が開いていることに気付かずに帰ることが少なくないという。安食さんは「いつ来るか分からないお客さんを待つだけではだめだし、せっかく来たのに開いていないと残念がる気持ちも分かるし」と話す。小物専門店の松島さんも「店を知ってもらうためには、(あじき路地の)名前に頼らずに自分たちで発信することも必要」と試行錯誤しているという。
入居希望者も少しずつ減っている。今でも空き屋の入居募集には一定数の応募はあるが、安食さんは「最近は職人同士のシェアハウスも多くなってきたし、わざわざ入居審査の厳しいあじき路地に応募する人も減った」と説明する。
また、応援したいと思った「アーティスト」の存在も少なくなってきたと感じるという。「どこにもないものを自分の感性で作り出す、表現者としてのアーティストがいない。それも時代なんですかね」と寂しそうに話す。
だが、職住一体で職人を応援する先進的な取り組みを進めてきた矜持(きょうじ)もある。「今までのやり方を変えるときがきた」としながらも、あじき路地の運営をやめるつもりはない。「路地は『夢への滑走路』といわれたことがある。ここから始めてステップアップする若者を、見守っているという意味だそうです」と、路地の存在価値を語った。
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