信長の安土城が復元? 「千載一遇のチャンス」も費用・設計図どうする
天正7(1579)年、織田信長が琵琶湖東岸の安土山一帯(現在の滋賀県近江八幡市下豊浦)に築いた安土城。5層7重の豪壮華麗な天守を構えたが、完成からわずか3年後、「本能寺の変」後の動乱の中で天守と本丸が焼失し、その後廃城となった。その天守の復元に向け、滋賀県が来年度から本格的な検討を始める方針を示した。構造について詳しい記録が残っていない戦国時代の「幻の城」をどのように再建するのか。多大な費用も見込まれ、県民や関係者の間には期待と不安が渦巻く。(川瀬充久)
大河ドラマがきっかけ?
「安土城がどういうものだったのか、どういう地域や時代や社会をつくろうとしていたのか。いま一度学んだり知ったりする機会にしたい」
滋賀県の三日月大造知事は1月4日、年初の定例記者会見で復元の構想を語った。具体的な計画は未定だが、調査に関する費用を平成31年度当初予算案に盛り込む方針だ。
安土城については以前から復元を望む声があるが、詳しい史料がないため進んでいない。いわば滋賀にとって長年の懸案。それが、ここにきて本格的な検討が始まったのには幾つか理由がある。
一つは来年放送予定のNHK大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」で、主人公の明智光秀や主君の信長にゆかりの深い滋賀に注目が集まることへの期待感がある。
大阪や京都に観光客を奪われ、宿泊客や外国人観光客が伸び悩む滋賀にとって、大河ドラマ放送は「千載一遇のチャンス」(三日月知事)。安土城復元が進めば、さらに話題を集めることになる。
木造復元ブーム
また近年、各地で老朽化した城郭の改修にあたり、木造での復元を検討するケースが相次いでいることも要因の一つだ。
名古屋市は、老朽化した現在の鉄筋コンクリート製の名古屋城天守を解体し、木造で復元する計画を進めている。建築基準法上、文化財など木造の大規模建築が可能になったことに加え、外観だけでなく内部も木造とする「本物志向」のニーズが高まっていることが背景にあるとみられる。
このほか、松前城(北海道松前町)や高松城(高松市)も木造復元が検討されている。こうした動きに、文化庁は改めて城の天守復元のあり方を話し合う有識者会議を立ち上げ、新たなルールづくりの模索を始めている。
詳しい史料なし
それでも安土城の場合は、木造、鉄筋コンクリートのいずれの構法でも大きな課題がある。
一つは先述の通り設計図など史料がなく、史実に基づいた正確な構造が不明なこと。城郭の多くは国の文化財に指定されており、復元工事にあたっては国の許可が必要。城跡が国の特別史跡に指定されている安土城も同様で、許可を得るには詳しい史料が必要になる。
名古屋市名古屋城総合事務所によると、名古屋城は江戸時代につくられた詳細な構造の記録のほか、昭和の実測図や写真などが豊富に残されているが、それでも復元に際しては慎重な検討を求める声が上がっている。
安土城の場合はどうか。当時日本を訪れていたイエズス会の宣教師、ルイス・フロイスの著書「日本史」の中で、7つの層ごとに色分けされ美しい瓦で覆われた天守の様子が描写されているが、詳細な構造を記した史料は見つかっていない。
また信長が城と城下町の様子を詳細に描かせたという「安土山図屏風(びょうぶ)」がローマ法王に献上されたとの記録があり、滋賀県は昭和59年にバチカンに調査団を派遣したが、発見には至らなかった。
資金面も課題
さらに膨大な費用の財源をどうするかも課題。「天守復元の話が出て以来、『どこにそんな金があるんだ』という電話があり、正直戸惑っている」。安土城関連施設の関係者はため息まじりに話す。
地元企業でつくる滋賀経済産業協会は昨年、観光振興の起爆剤、新たなランドマークとして、安土城天守の再建を県に提言した。その際、コンクリート造りの場合、工費は約300億円と試算。しかし行財政改革まっただ中の県に果たしてそんな余裕があるのか。木造での復元だと、さらに費用がかさむ可能性もあり、構想について懐疑的な声も聞かれる。
そもそも、県は平成元年から20年かけて安土城跡の発掘調査を実施したが、財政事情から継続が困難となり、全体の2割程度の調査で打ち切ったという経緯がある。
「夢とロマンと志のあることに寄付をいただく文化が醸成されつつある。(安土城復元を)積極的に発信していきたい」。三日月知事はこう述べ、年末年始の経済界の会合などで協力を呼びかけたが、幻の城の再建は一筋縄ではいきそうにない。
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