どれほど深刻? 厚労省の不正統計問題を「超」分かりやすく解説

 
連日のように厚生労働省の不正統計問題が報じられている(写真提供:ゲッティイメージズ)

 厚生労働省が作成する統計で、不正が行われていたことが波紋を呼んでいる。場合によっては、今国会の政局を左右することにもなりかねない状況だ。

 統計不正が問題であることは、多くの人にとって共通認識だと思うが、統計は専門的な分野であり、何がどのくらい悪いことなのかについては、いまひとつ、ピンと来ない人も多いだろう。一部の識者やメディアは、安倍政権に対する忖度(そんたく)があったと批判しているが、統計の中身が分からないと忖度の有無も判断できない。本記事では可能な限り分かりやすく、今回の統計不正について解説してみたい。

 GDPも左右する基幹統計の一つ

 不正が指摘されているのは厚労省が作成している「毎月勤労統計調査」という統計である。これは賃金や労働時間に関する統計で、調査結果はGDP(国内総生産)の算出にも用いられるなど、政府における基幹統計の一つとして位置付けられている。この統計がしっかりしていないと、労働者の賃金が上がったのか下がったのか、残業が増えたのか減ったのかなど、いわゆる労働環境の変化について正しく認識することができない。

 働き方改革はもはや国民的なテーマとなっているが、毎月勤労統計がデタラメだった場合、働き方改革の進ちょく度合いについても把握できなくなる。

 この話を身近な例に当てはめれば、業績に連動するボーナスのようなものと考えればよいだろう。会社の業績が上がれば、その分、ボーナスが増えるという話だったにもかかわらず、業績の数字がウソだったとなると、そもそもの話が成り立たない。

 統計はあらゆる政策の判断基準になるので、統計が信用できないと、すべての政策が意味を失ってしまう。

 中国の経済統計が信用できないという批判をよく耳にするが、統計が信用できない国は、国際社会で高い評価を得ることは絶対にない。今回、政府統計で不正が見つかったことは、日本が信用できない国になりかけているということであり、事態はかなり深刻と思ってよい。

 勝手にサンプル調査に変更し、補正も行わず

 今回の不正の根幹部分は、本来、全数調査すべきところをサンプル調査にして、それを補正せずに放置したことである。サンプル調査は一般的であり、サンプル調査を行ったからといって、それだけでデータがおかしくなるわけではない。例えば、1000件を調査する際に200件だけをサンプル調査した場合には、得られた数字に5をかけるという補正作業を行えば、1000件の調査に近い数字が得られる。

 不正が見つかった調査は、全数調査が義務付けられているので、サンプル調査に変更した段階でルール違反だが、数字がおかしくなったのは、上記の補正作業を忘れていたからである。1000件分の数字が必要なところが、200件分の数値しかなかったということなので、出てきた賃金の数字は実際よりも低くなってしまった。

 このミスは2004年からずっと続いていたので、十数年間、賃金が低く算出されていたことになる。だが、問題はこれだけにとどまらない。一連のミスが発覚した場合には、通常であれば、04年までさかのぼって、すべてのデータを補正するのが正しい訂正方法になる。

 ところが、厚労省はこうした訂正を行わず、18年以降のデータだけを訂正するという意味不明の対応を行った。このため、18年からは急激に賃金が上昇したように見えてしまった。この訂正作業は、麻生太郎財務大臣による統計批判がきっかけだったとも言われており、これが政権に対する「忖度」であると批判される原因になっている。

 18年以降だけの訂正にとどめた本当の理由は、作業を行った当事者しか知り得ないので、現時点では何とも言えない。04年からすべてのデータを訂正するのは膨大な作業なので、これを回避することだったとも考えられるし、政権に対して忖度した可能性も同様にあり得るといってよい(これに加えて18年から調査対象の事業所を入れ換えたことも、賃金がより上昇したように見える原因となっていた。一部の専門家はこれも忖度であると批判している)。

 これを放置すれば日本は確実に後進国に転落する

 同統計を取りまとめている部署は、参事官付きの「室」となっており、一般的な部署からは独立した存在である。業務に従事する職員の専門性も高く、異動もそれほど多くない。政権への忖度があったと仮定すると、幹部が直接、指示した可能性が高いだろう。

 整理すると厚労省は、(1)ルール上、全数調査すべき調査をサンプル調査に勝手に切り替える、(2)サンプル調査の場合に必要となる補正作業を忘れる、(3)すべてのデータを訂正せず18年からの訂正のみにとどめる、(4)一連の内容を公表しない、という4つの不正を行っている。

 これは先進国の統計としては絶対にあってはならないことであり、非常に深刻な問題といってよい。

 先ほども説明したように、現時点では政権に対する忖度があったのかどうかは不明だが、日本の統計は政権を忖度してデタラメに集計されていると海外から批判されたとしても、反論できない状況である。

 世間では政権への忖度の有無が重視されているようだが、現実の問題はもっと深刻である。

 日本はまがりなりにも自らを先進国であると主張し、国際社会もそれを是認してきた。だがこのような不正が今後も発生した場合、この前提は音を立てて崩れてしまうだろう。

 近年の日本はあらゆる分野で劣化が顕著となっているが、統計という国家の基幹部分にまで及んできている。この問題に対して日本がどう対処するのかで、先進国としての日本の将来は大きく変わるだろう。

 加谷珪一(かや けいいち/経済評論家)

 仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。

 野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。

 著書に「AI時代に生き残る企業、淘汰される企業」(宝島社)、「お金持ちはなぜ「教養」を必死に学ぶのか」(朝日新聞出版)、「お金持ちの教科書」(CCCメディアハウス)、「億万長者の情報整理術」(朝日新聞出版)などがある。