シカの害、無いはずが…奈良で「ゆずの里」目指す過疎の村、その苦闘

 
東吉野村で栽培されたユズの実(同村提供)

 若者の流出に歯止めがかからず、人口減少率が全国でワースト5位にランクされる奈良県東吉野村。典型的な過疎の村が7年前、起死回生の一手として打ち出したのがユズの栽培だ。寒さに強いユズは育てやすく、シカの食害を受けにくい農作物として知られる。ところが、ふたを開けてみると、シカに葉を食べられるケースが相次ぎ、収穫量は当初の見込みを大幅に下回った。人口約1600人の村の約100世帯が参加したプロジェクト。「ゆずの里」へのシナリオには狂いが生じたが、村民はめげていない。(桑島浩任)

 かつては林業で栄え…

 東吉野村は三重県と県境を接する奈良県中東部に位置する。高齢化率は50%以上。昭和35年ごろに1万人の大台に迫った人口は減少の一途をたどり、30年後には400人規模に減ると見込まれている。国立社会保障・人口問題研究所が昨年3月に発表した推計によると、人口減少率は74.8%と極めて高く、2045年には14歳以下の人口がわずか「10人」になるという予想がはじき出された。

 「林業が下火になるにつれて、村の活気も消えていった」。村民はこう口をそろえる。

 最高級の建築材として知られる吉野杉の産地として栄え、最盛期の昭和50年代には林業だけで年間20億円を超える売り上げがあった。だが、安い洋材の出現で村の林業は衰退。最盛期に約500人いた林業従事者は今、50人にも満たない。

 村は標高400~500メートルにあり、寒暖差が激しく平地が少ないため農業には不向き。他の産業が発達する余地もなく、若者が職を求めて村外へ出ていくという状況が長年続いている。

 「少しでもお金を稼ぐ環境をつくらなければ」。水本実村長の肝いりで始まったのが、ユズを村の新たな特産品として売り出す「ゆずの里プロジェクト」だ。

 なぜシカの食害が?

 ユズはかんきつ類の中では寒さに強く、手入れも比較的簡単。斜面でも栽培が可能だ。さらに葉っぱや果実の香りが強い上、枝に鋭いトゲがあるため、シカによる食害を受けにくい農産物として知られている。まさに村の環境にはうってつけの農産物といえた。

 「県内にはユズの大きな産地がなく、市場での需要も高い。以前から、村で育てるならユズがいいのではないかと思っていた」と水本村長は言う。

 村は平成24年度、「木頭ゆず」の苗木の無料配布を始め、29年度までに1100株を超える苗木が配られた。現在、ユズを栽培している農家は約100軒。ただ、ユズは成長が遅く、苗木を植えて実をつけるまでに5、6年はかかるという。昨年、苗木の配布から7年目となり、ようやく本格的な収穫が期待できるはずだった。

 ところが、今年度の出荷量は約1.1トンにとどまり、目標としていた5トンには大きく及ばなかった。通常、ユズは1本の木から数十キロ、多ければ100キロの実が収穫できる。まだ成長途上とはいえ、苗木の数からすると物足りない。収穫量が伸び悩んだ理由は、なんとシカの食害にあった。

 シカも飢えていた

 「シカが5、6頭の群れでやってきて、届く範囲の葉を全部食べてしまう」

 そう話すのは、現在20本の木を育てている北久雄さん(84)だ。これまでは薬草のトウキを畑で育てていたが、ユズを植えて以降、シカが頻繁に現れるようになったという。

 「トゲなんて全く気にしていない。器用に後ろ足で立って葉を食べているのを見たこともある」と苦笑混じりに話す。

 なぜシカが好まないはずのユズが食害を受けるのか。近畿大農学部の沢畠拓夫准教授(動物生態学)は「シカの生息密度が上がった結果、昔は被害を受けていなかった農作物が食害に遭うようになっている」と指摘する。

 シカは本来、かんきつ系の強い香りを好まない。だが、エサにありつけなくなると、嫌いなものでも我慢して食べるという。「シカは空腹の状態だと枯れ葉や毒草すら食べてしまう。反芻(はんすう)(一度飲み込んだ食物を口中に戻し、再びかんで飲み込む)動物で、植物であればほぼ何でも食べるシカだからこそ起きる問題」と話す。

 いまさらやめられない

 村はさっそく対策に乗り出し、農作物用の防護柵の補助を拡大。これまで原材料費の半額までだった補助金額を3分の2まで引き上げた。これを活用し、北さんが畑の周囲に高さ約1.5~2メートルの柵を設置したところ、食害はぴたりとやんだという。効果はてきめんのようだ。

 もっとも、くいを打ち込み、トタンやネットを張る防護柵の設置は高齢者には大変な重労働だ。野生化したアライグマなどがネットを食い破ることもあり、定期的な補修も欠かせない。それでも北さんは「村を活気づけるために始めたこと。ちょっとの苦労でやめるわけにはいかない」と力を込める。

 水本村長は「高齢者たちが元気になることが、村が活気づく近道」と語る。ユズ栽培を通じ、人口の50%以上を占める高齢者に意欲や活力を取り戻してもらうことも目的の一つだ。

 村長自身も自宅の庭に2本のユズを植えている。「休耕地にもユズを植え、観光客に『ゆずの里』だと一目で分かるようにしていきたい」。かつての活気を取り戻すべく、村民たちの挑戦は続く。