準天頂衛星使い津波早期警戒 東海大などの研究チーム、システム開発へ

 
東日本大震災の津波で、市街地まで押し流された大型船。衛星を使った津波早期警戒システムの実用化が待たれている=2011年3月12日、宮城県気仙沼市

 東日本大震災からまもなく8年。東北から関東の太平洋沿岸に高さ10メートル超の大津波が押し寄せ、亡くなった人のうち約9割が溺死した。津波による被害を小さくできないか-。東海大学や東京学芸大学などの研究チームが民間企業の協力を得ながら、準天頂衛星システムの一つ「みちびき3号」を使った津波早期警戒システムの開発に取り組んでいる。

 大気電気学が専門の東京学芸大教育学部の鴨川仁(まさし)准教授は2011年、津波の発生による空気振動がきっかけで、上空約300キロにある電離層に含まれる電子が減少して起きる「電離圏ホール」の存在を突き止めた。この現象が起きると衛星通信に使われる電波の周波数が大きく乱れる。みちびき3号はこれを検知し、地上に通信する。

 みちびき3号は赤道上、東経127度のインドネシア上空にある静止衛星だ。そこから、東海・東南海・南海トラフ地震の震源想定域を含む日本の南西海域の上空を常時監視している。

 東日本大震災では地震の規模を示すマグニチュードが何度も修正されたため、その後の津波の到達予想時刻も逐次修正され、避難の際に大きな混乱を招いた。

 海面が盛り上がった高さを観測する手段は津波観測ブイによる方法があるが、敷設に1基当たり数億円かかるため、日本近海には10カ所ほどしかない。

 システムを考案した一人である東海大海洋研究所の長尾年恭所長は「海面の盛り上がりを観測するには人工衛星の活用が有効。なかでも赤道上空に静止している、みちびき3号が最適」と話す。さらに全国約1300カ所の電子基準点を活用した国土地理院による地殻変動の観測システムGEONET(ジオネット)のデータともつき合わせることで、津波の到達予測だけでなく、陸上への遡上(そじょう)高予測も可能になるという。

 ただ、このシステムにも課題がある。津波発生後の空気振動が電離層に届くまでに約9分かかることだ。このため外洋に面した海岸では情報が間に合わない恐れがある。

 一方、名古屋港や大阪港などの湾の奥では間に合う可能性があるため、名古屋港や四日市港に数多くの火力発電所を抱える中部電力が、この津波早期警戒システムに強い関心を持ち、実証実験などで協力している。

 長尾所長、鴨川准教授は北海道大学地震火山研究観測センターの谷岡勇市郎教授、スカパーJSATとチームを組んで、18年12月に東京で開催された内閣府の宇宙ビジネスアイデアコンテスト「s-Booster」に参加した。

 国民の生命と財産を守る技術開発は絶対に必要だが、国の科学技術予算が年々削減されていることに危機感を覚え、「自分たちも研究資金を稼がないと」(長尾所長)と参加した。

 携帯電話の基地局、放送局の送信所や中継局は地震の揺れで損壊する可能性があり、予備電源は数時間分しかもたない。衛星通信のインフラを持つスカパーJSATにとっては、確度の高い津波情報提供が他媒体との差別化にもつながりそうだ。

 1960年のチリ地震津波は約23時間かけて1万キロ以上離れた日本に押し寄せた。長尾所長は「もしこのシステムが実用化できたら、米国や中南米各国にも使ってもらいたい。環太平洋全体で津波の早期警戒にも役立つはず」と話している。