【経済インサイド】豚コレラでのワクチン接種、慎重にならざるをえない理由
昨年9月に国内で発生した家畜伝染病「豚(とん)コレラ」の感染拡大に歯止めがかからない。政府は、卸価格への影響がないかを注視するとともに、国産全ての豚に対してワクチン接種が必要かどうかを見極めている。ただ、ワクチン接種となれば輸出にも影響するだけに、政府は「慎重に判断する」との認識を崩していない。
2月20日に豚コレラ感染を相次いで確認した愛知県田原市の農家密集地「養豚団地」などで、全約1万7千頭の殺処分を完了したなど、岐阜、長野、滋賀、大阪の5府県で計10例、殺処分の総数は4万7千頭超となった。
豚コレラの感染拡大で、豚肉の価格上昇や供給減少への警戒感が出始めた。全国の主要頭数が900万頭いることを考えれば、殺処分対象の豚は全体の0.5%にすぎない。「需要に大きな影響はない」と、農林水産省は強調するが、流通量が下がれば、価格上昇を招きかねない。
すでに名古屋市場では年初に比べ、1~2割ほど高く推移。「年末に比べて上がるのは例年通り」との見方もあるが、豚コレラの影響も否定できないという。小売店では目立った値上がりはないものの、流通業界からは今後の相場上昇による“豚肉離れ”を心配する声も出ている。
一方、風評被害を恐れる発生地周辺の養豚農家からは、被害拡大を防ぐためにも一刻も早い豚へのワクチン接種を実施すべきだとの声が上がっている。
だが、農水省は、ワクチン接種に対しては、養豚農家の衛生管理体制がずさんになることに加え、豚肉の輸出に影響が出ることを危惧する。
豚コレラは平成4年まで国内で確認されており、ワクチンは広く使われていた。その後、使用を中止。19年にはウイルスを完全に封じ込め、27年に国際機関にようやく「清浄国」と認められた経緯がある。
今回、再びワクチンの使用に踏み切れば、国際ルールが定める「清浄国」でなくなる。清浄国は、欧米を中心とした同じ清浄国へ豚肉を輸出できるほか、非清浄国からの輸入を拒むことができるが、この権利を日本は“剥奪”される。
現在、昨年9月の豚コレラの発生で、清浄国の認定が一時停止となった。これに伴い輸出を停止しているのは台湾だけだ。ワクチンを打たずに豚コレラの発生が3カ月間なければ、「収束宣言」を出すだけで事態は収まる。農水省幹部は「清浄化の地位を返上してまで使用に踏み切るべきなのか。あくまで最終手段」と語る。
農水省は現在、農林水産物・食品の31年の輸出額を1兆円にする目標を掲げ、海外需要に向けた「攻めの農業」に取り組んでいる。ワクチン接種を決めれば、こうした試みに水を差すのは必至だ。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)や欧州連合との経済連携協定(EPA)の発効で、安価な輸入品が拡大し、国内農家を苦境に陥らせかねない。これに対して、農水省は輸出で光明を見いだそうとしている。豚肉に関しても、30年の輸出額(速報値)は前年比4.2%増の10億5500万円と金額ベースでは微増にすぎないが、今後、質の高さを売りに反転攻勢をかけようとしている。
こうしたこともあり、農水省は、ワクチン接種に関しては現在、「時期尚早」との立場を崩していない。ひとまず、発生源ともされる野生イノシシへの餌ワクチンの散布を3月中旬から実施する。餌ワクチンはドイツから輸入して、春、夏、秋にそれぞれ8万個ずつを散布して様子をみる方針だ。
ただ、これ以上、豚コレラの封じ込めに手こずれば、ワクチンの使用に踏み切る決断も必要になりそうだ。農水省は難しい判断を迫られている。
(飯田耕司)
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■豚コレラ 豚やイノシシ特有の家畜伝染病。発熱や食欲減退などの症状が現れる。感染力が強く、豚の糞尿(ふんにょう)や血が付いた衣服や長靴などを介しても拡散する。人にはうつらず、感染した豚の肉を食べても影響はない。感染豚の肉が市場に出回ることもない。国内では熊本県で平成4年に発生して以降、昨年9月に岐阜市内の養豚場で判明するまで確認されていなかった。
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