【ローカリゼーションマップ】「スピード感」の罠から逃れよ ノートルダム大聖堂火災が問うもの

 
(Getty Images)

 スピードが重視され、何事もスピード感をもって進行することが良しとされやすい。特にIT普及後のビジネスの世界ではそうだ。当然ながら、災害の時でも人の命にかかわる状況での迅速な対応は欠かせない。(安西洋之)

 4月15日夜、パリのノートルダム大聖堂が火災で一部を焼失したのを受け、再建のために巨額の寄付のニュースが続いた。火事から3日以内に1000億円以上の寄付が集まる見込みがたったとされ、フランスのマクロン大統領は5年以内に修復を終えたいと話している。

 年間1300万人が訪問する大聖堂の事故は、多くの人の心に暗雲をもたらし、そのためにフランスの人たちが明日に希望がもてるように力になりたいとの想いをもつ。これは誰も否定できない。

 一方、一瞬にして集まった寄付金の額を知り、社会的不平等に不満をもつ人たちが快く思わないことで摩擦も生じている。ただ、ぼくはフランスの人たちの事情と心情に詳しくないので、これについては触れない。

 ぼくが気になるのは、巨額の寄付が即決過ぎないか、という点に尽きる。

 世界各地で起きる自然災害に他国の人たちが国境を超えて急遽駆けつけ、経済・物資の支援を行うのは、そこに生活する人たちの命を救い、日常生活への回復が急務だからだ。

 しかしながら、不幸中の幸いにして死亡者も出なかった大聖堂の火災である。もっと茫然自失とする時間があるのが自然ではないだろうか。そしてこの無残な大聖堂を前にさまざまに去来する想いを胸に、さらに日をおいて寄付を申し出るのが、あるべき時間の取り方ではないだろうか。

 お金を沢山もっている人たちが競うようにして寄付を発表する風景を何と解釈してよいか、ぼくにはよく分からない。マーケティング的な要素がまったくないと想像するといえば、うぶに過ぎるだろう。

 だが、そこの論議にも足を踏み入れたくない。

 ある哀しい事態に直面した時に、素早く頭と心を切り替える大切さは知っている。しかしながら、同時に哀しい事態を深く心に刻むための時間も同様に大切である。例えば、喪に服すとは、そのような時間を肯定的に捉える習慣だろう。

 ぼくたちは、時間をかけるべきときはそうしないといけない。時間を短縮させてはいけないのだ。「スピード感」や「切り替えの早さ」という指標を、ここで多用してはいけない。

 宗教的建物に相応しい時間の流れ方があるはずで、もちろん、かといって修復に何十年や何百年を要するのも致し方ないと言うわけではない。どの時間を適切かと数字で示すことはできないが、火災の即日でないことは確かではないか。 

 「スピード感」の罠から逃れることが必要である。

 ソーシャルメディア上のめまぐるしい情報拡散によって、世の中の多くの現象がソーシャルメディアに「吸い取られていく」。「消費される」という言い方もあるが、消費されると実感する前に強力な掃除機に吸い込まれるとの印象がぼくにはある。

 が、ソーシャルメディアを悪者にする前に、自分たちの時間感覚を再考するのが最初ではないかと思う。

 1980年代、ファストフードに対してスローフード運動が生まれ、その運動は食やローカルの価値だけでなく、ゆっくり歩を進める意味を問うた。この数年では、例えばデンマークの心地よいライフスタイルを「ヒュッゲ」という言葉で評価するブームが起きたりしている。

 慌ただしさによって心の余裕が失われるのは、個人が幸せであると感じる基礎力を減退させることであり、社会が索漠とする大きな要因となる。したがって、折に触れ進み具合をゆっくりさせることを意図的に喚起していかないといけない。ほっぽっておくと、ビジネスとテクノロジーだけの論理でスピードがアップする一方になってしまう。

 だからこそ、歴史的な建築物の火災事故を前にして、ビジネスで成功して社会をリードする立場にある人たちは、時計の針のスピードに敏感になろうと語りかける良い機会をつくることができたはずだ。それなのに、時間とお金を意のままに扱う独裁政権の指導者のような振る舞いをしてしまった。

 繰り返すが、巨額の寄付の是非を言っているのではない。物事の判断にはそれなりの時間をかけ、仮に心のなかで即決であっても、その決断を自分のなかで反芻する時間がないと結果的に社会の為にならない。そう言いたいだけだ。

【ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちらから。

 安西さんがSankeiBizで連載している別のコラム【ミラノの創作系男子たち】はこちらから。

【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)

モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。