銀行のロゴはなぜ紙の地図から消えたのか 地図の平成30年、その舞台裏

 

 とうとう「平成」の時代が終わった。この30年を振り返ると、どんなことがあったのか。就職氷河期があったり、携帯電話が普及したり、働き方に変化がでてきたり。月9ドラマ『ロングバケーション』(フジテレビ)を見るために急いで家に帰った人もいれば、「ビリーザブートキャンプ」に入隊したものの、5分ももたずに息切れした人もいるだろう。

 そんな中で、記者はあるモノに注目している。「紙の地図」だ。いまの時代、スマートフォンで調べればすぐに分かるので、「紙の地図なんてオワコンでしょ」と思われたかもしれない。確かに、街中で紙の地図を見て目的地を探している人は見かけなくなったし、クルマの中もカーナビがあれば不要かもしれない。

 しかし、である。平成の途中で、紙の地図は大きく変化してきたのだ。昭和と平成に出版された地図を見比べると、その違いは一目瞭然である。たくさんの色を使うようになっているし、紙の質もよくなっている。少しでも見えやすくするために、どのような工夫を凝らしてきたのか。

 道路地図『スーパーマップル』などを手掛けている昭文社の竹内渉さんに、地図の舞台裏を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。

 「お台場」が大きく変わった

 土肥: 平成の30年を振り返ると、街の風景が大きく変わりました。平成の大合併があって、チェーン店が増えて、金融機関が次々に合併して。このほかにもアクアラインが開業したり、六本木ヒルズができたり、東京スカイツリーが誕生したり。さまざまな変化がありましたが、こうした動きに対して地図も大きく影響を受けたのではないでしょうか?

 竹内: 昭和の時代、地図をどのようにして作製していたのか。主要都市は道路などを詳しく表示する必要があったので、1万分の1などの縮尺でつくっていました。地図を作製するためには、その基となる「基図」が必要になるわけですが、どこで手に入れることができるのか。各自治体の担当者に連絡しなければいけなかったんですよね。

 新しい地図を作製するたびに、編集者は電話をして、基図を入手しなければいけません。こうした地道な作業を繰り返していたのですが、昭和から平成になるころに、当社ではデータベースを構築しました。現在でもそのデータベースは活用していて、新しい道路ができればそこに情報を追加して、新しい鉄道の路線ができればそこに情報を追加して。そのような作業をしながら、地図をつくれるようになったので、ものすごく効率がよくなったんですよね。

 土肥: ふむふむ。

 竹内: 昭和から平成にかけて、街の風景はどのように変わったのか。東京の場合、「新宿が大きく変わったのでは?」「いや、渋谷では?」と思われたかもしれませんが、2つの街は以前からたくさんの商業施設があるので、地図を見てもそれほど大きな変化はうかがえないんですよね。以前からゴチャとしていて、いまもゴチャとしている感じで。

 土肥: 確かに、30年ほど前の地図といまの地図を見比べても、それほど大きな違いはないですね。

 竹内: では、どの街が大きく変わったのか。お台場なんですよね。ご存じの通り、このエリアは埋め立て地でして、30年ほど前は殺風景な雰囲気が漂っていました。工場や倉庫などが並んでいて、一般の人は足を運ぶようなところではなかったですよね。

 土肥: 他のエリアを見ると、幹線道路やランドマークになるような建物には色がついていますが、当時のお台場は開発が進んでいなかったので、地図にほとんど色がついていなかったわけですね。

 竹内: はい。

 文字サイズはどんどん大きく

 土肥: お台場などベイエリアが大きく変化したわけですが、地図を作製する人たちはどのように対応していたのでしょうか?

 竹内: 収録範囲をどこまで広げればいいのか、といった問題が出てきました。地図をつくる際、どの範囲を取り込めばいいのか、といった作業は欠かせません。どこを基準に掲載していくかを決めるわけですが、優秀な編集者はこの作業がものすごく上手なんですよね。

 土肥: 上手な編集者が担当すれば、あるところを基準に決めても、違うところも見えやすくなるわけですね。逆に、下手な編集者が手掛ければ、あるところを基準に決めても、違うところが見えにくくなるわけですね。

 竹内: ですです。お台場は人が住んでいないところだったので、地図の世界では重視されていませんでした。ただ、たくさんの建物ができて、たくさんの人が働いて、たくさんのマンションができて、たくさんの人が住んで。そのような大きな変化があれば、地図に掲載しないわけにはいきません。というわけで、街の変化に合わせて、お台場などのベイエリアを少しずつ収録していきました。

 土肥: ベイエリアが開発されたのは、お台場だけではないですよね。豊洲や勝どきなども大きく変化していったわけですが、じゃあ、豊洲も、じゃあ、勝どきもといった形で追加していけば、地図はどんどん分厚くなりますよね。

 竹内: はい。地図によっては、この30年でページ数は2倍ほどになりました。地図の収録範囲を増やしただけでなく、利用者からもさまざまな声がありました。「拡大してほしい」「分かりやすくしてほしい」「文字を大きくしてほしい」と。当時、文字サイズは5~6級でしたが、いまは10~12級を使うようになりました。

 なぜ「文字を大きくしてほしい」という声が増えたのか。日本の人口構成が大きく変化したからだと思うんですよね。50代以上になると、老眼の影響で小さな文字を読むのがつらくなる。そうした層が増えてきたので、「文字を大きくしてほしい」という声が増えたのではないでしょうか。

 どのようにして「分かりやすく」したのか

 土肥: 文字サイズを大きくしたのは、地図だけではありません。新聞もそうですよね。文字サイズを大きくして、1行当たりの文字数を減らしていきました。

 竹内: 先ほども申し上げましたが、利用者からは「拡大してほしい」「文字を大きくしてほしい」という声が多かった。ただ、ページ数をどんどん増やすわけにはいきません。では、どうしたのか。「分かりやすくしてほしい」という声に対応すれば、ページ数を増やさずに済むのではないかと考えました。

 例えば、道路標識の看板をそのまま地図に掲載すると、見えにくくなる。「東京駅」の場合、英語で「Tokyo Sta.」と書いていますし、山手通りの場合、「Yamate-dori」と書いている。同じように表記すると、ものすごく読みづらくなるので、そういうものはとっているんですよね。あと、道路標識の場合、青地に白色で書かれていますが、地図上で同じようにすると見えにくくなる。ただ、全く違う色にすると、利用者が混乱するかもしれないので、交差点名は青色で記しています。

 土肥: 地図をよーく見ると、コンビニとかファストフードなどは、各社のロゴになっていますね。

 竹内: これも分かりやすくするために、デフォルメをしているんです。例えば、ローソンの場合、「LAWSON STATION」という文字が入っているのですが、地図のロゴには入っていません。地図上に表示されている線や記号などを「凡例」と呼ぶのですが、この数は平成に入ってものすごく増えました。

 土肥: (地図を見比べて)うわっ、確かに! 1988年に出版された地図を見ると、高速道路や鉄道などのほかに、目印になるものは数えるほどしかないですよね。一方、最新のモノはデパートやスーパーのほかに、コンビニ、家電量販店、ファストファッション、外食チェーンなどのロゴがたくさん掲載されている。

 竹内: 情報を増やさなければいけない、というニーズにどのように応えればいいのか。文字を増やせばいいと思われるかもしれませんが、そうすると分かりにくくなる。例えば、コンビニの「セブン-イレブン」をそのまま掲載すると、文字数が多いので、地図だとどうしても分かりにくくなるんですよね。というわけで、ロゴを掲載することにしました。

 銀行のロゴを掲載しない理由

 竹内: ドイさん、凡例を見ていて、気になったことはありませんか?

 土肥: えーと……。あっ、外資系のカフェはロゴがないですよね。代わりにコーヒーカップが掲載されています。本社から許可がおりなかったわけですね。苦労がうかがえます。

 竹内: それもあるのですが、銀行のロゴがないですよね。

 土肥: あ、確かに。銀行を意味する地図記号を掲載していますね。

 竹内: 平成に入って、銀行名はコロコロ変わりました。A銀行とB銀行が合併すると、AB銀行になって、さらにC銀行と合併すると、ABC銀行になるといったケースがありました。そうすると、銀行名がどんどん長くなって、地図で表記することが難しくなったんですよね。

 「銀行名が長いから」という理由で勝手に短くするわけにはいかないので、先方の了承をいただかなければいけません。そうした作業を繰り返すうちに、社内から「銀行の地図記号でいいのではないか」「各銀行のロゴはいらないのでは」という声が出てきました。

 現在の行名はABC銀行なのに、1年前に発行した地図にはAB銀行と記している。それを見た利用者はどのように感じるのか。混乱するだけでなく、「この地図は古いなあ」と感じられるかもしれません。

 土肥: 編集作業は面倒だし、古いと思われたらブランド価値が下がる--。この2つの理由で、銀行のロゴ掲載は止めたわけですね。

 竹内: それだけではありません。私たちが生活していくうえで、銀行の重要度が下がっていったこともあるんですよね。以前に比べて、銀行の窓口に足を運ぶ機会は減っていませんか?

 土肥: 減っています。最後に行ったのは、いつか思い出せないくらい。

 竹内: その昔、引っ越し先を選ぶ際、「徒歩5分ほどのところに、銀行がある。便利そうだし、この物件にしよう」といった人もいたと思うんですよね。でも、いまは違います。コンビニで振り込みはできますし、スマホでも決済ができるようになりました。

 家の近くに銀行がなくても、それほど不便を感じなくなりました。ここで誤解していただきたくないのは、銀行の地位が下がったといった話をしているわけではありません。地図の話でいえば、銀行に行く人が少なくなった、目印に銀行を使う人が少なくなった--。このように、以前と比べて”地図上の地位”が低くなったので、各行のロゴを使わなくなったんですよね。

 紙の地図はどうなるのか

 土肥: 最後に、これはどうしても聞かなければいけません。平成の途中、スマートフォンが登場したことによって、紙の地図を利用する人は減りました。今後、紙の地図はどのように使われると思いますか?

 竹内: 付加価値の高い地図が使われるようになると思っています。Aというエリアが好きなので、そこの地図を手にする。ただ単に注文するのではなくて、拡大したり、加工したり、パネルにしたり。自宅だけでなく、職場や街角でも使われるようになるのかなあと。

 あと、話題のスポット、世の中のトレンド、世界情勢などに即した切り口の地図本は、手軽な読み物として残っていくはず。知育、脳トレ、認知症対策などにも地図を読むことは効果的とも言われているので、あえて紙の地図を読むことが求められていくのではないでしょうか。

 (終わり)