寄稿

パリ協定に提出する日本の長期戦略

 □WWFジャパン専門ディレクター(環境・エネルギー)小西雅子

 ■政府案に対する評価とWWFジャパンの提言

 パリ協定は、産業革命前に比べ世界の平均気温の上昇を1.5~2℃未満に抑えるという目標を掲げています。目標を実現するには、今世紀後半のなるべく早い時期に温室効果ガスの排出を実質ゼロにしなければいけません。これを達成するため、パリ協定は各国に対し、2050年に向けた温暖化対策の長期戦略を2020年までに提出するよう招請しています。

 国連の推計によると、世界人口は2050年には98億人に達する見通しです。人口が今後20億人以上増える見通しの中、温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることは並大抵なことではありません。

 しかも、1日1.9ドル以下で暮らす極度の貧困層は2015年現在、世界で7億3600万人に上ります(世界銀行2018)。こうした貧困や飢餓を克服し、世界全体がより豊かな生活を目指す一方、温室効果ガスを排出しない世界を目指すには、技術と資金力を持つ先進国の責務がとりわけ重大です。

 G7(主要7カ国)の中で、長期戦略を国連に提出していない先進国は日本とイタリアだけです。日本は6月に開催されるG20(20カ国・地域)大阪サミットのホスト国として、世界を脱炭素社会へ導くリーダーシップが問われています。

日本の長期戦略

 G20までに長期戦略を提出できるよう、日本では2018年8月から、「パリ協定長期成長戦略懇談会」という有識者会議で提言の作成が検討されてきました。同懇談会は今年4月2日に提言を発表し、その提言を受けて政府が同月23日、「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略(仮称)(案)」を公表しました。

 長期戦略案は、最終到達点として「脱炭素社会」を掲げ、「それを野心的に今世紀後半のできるだけ早期に実現するとともに、2050年80%の削減に大胆に取り組む」と明記しました。

 「脱炭素社会」に向けたビジョンを打ち出したことは意義のある一歩と言えます。また、ビジョンの達成に向け、ビジネス主導の非連続なイノベーションを通じた「環境と成長の好循環」の実現をうたっています。

 ただ、脱炭素社会に到達するための具体的な道筋には、数々の課題を抱えています。まずエネルギーについては、「エネルギー転換・脱炭素化を進めるため、あらゆる選択肢を追求」するとし、選択肢として再生可能エネルギー、火力、CCS/CCU(CO2の回収・貯蔵/回収・利用)、水素社会、原子力などが挙げられています。

 再エネは主力電源化するため、既存設備を最大限活用することが掲げられ、調整力として揚水発電の活用や連系線を活用したエリア間融通の活性化など当面すぐにできることを列挙しています。また、2050年に向けた技術革新によるブレークスルーとして、高性能低価格の蓄電池や水素システムの開発などが挙げられており、直近と長期双方の対策を見据えた適切な姿勢と評価できます。

 一方、石炭火力発電については廃止の方向性を打ち出せず、「パリ協定の長期目標と整合的にCO2排出削減」としただけでした。また、CCSやCCUS(CO2回収・利用・貯蔵)の推進など、商用化されていない技術に依存しています。

 原子力については、「安全を最優先し、再エネの拡大を図る中で、可能な限り原発依存度を低減する」としながらも、「安全性・経済性・機動性に優れた炉の追求、バックエンド問題の解決に向けた技術開発や国際連携を進めていく」とし、2050年においても技術革新頼みの原子力に依存することが前提になっています。

 また、その実効性から世界的に拡大しているカーボンプライシング(炭素の価格付け)については、「国際的な動向や我が国の事情、産業の国際競争力への影響等を踏まえた専門的・技術的な議論が必要」とするにとどまり、日本でもっとも多く温室効果ガスを排出している産業部門に対し、効果的な政策・施策が明示的に打ち出されませんでした。

 産業部門で電力に次いで排出の多い鉄鋼業界の取り組みとして、超革新的技術である水素還元製鉄技術への挑戦はうたわれているものの、現実的にすぐにCO2削減につながる鉄リサイクル推進については言及されませんでした。

 長期戦略案は全体として、脱炭素社会をビジョンとして明確に掲げ、「成長戦略」として長期戦略を示した点は大いに評価できるものの、そこに至る道筋としての「戦略」については多くの課題が見られると言えるでしょう。特に、脱炭素達成の手段として非連続的イノベーションに大きく依存し、直近でできることを軽視している点は問題です。

 ■WWFジャパン長期戦略提言

 WWFジャパンは、長期戦略案について独自の提言を作成しました。提言では、2050年に100%自然エネルギーで賄う「WWF脱炭素社会に向けた長期シナリオ2017」(図)をベースに以下の10項目を提言しています。

 (1)IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の1.5℃特別報告書を踏まえた長期目標の設定

 (2)「主力電源化」を体現する再エネ導入目標の強化

 (3)エネルギー効率改善目標の強化

 (4)国内石炭火力のフェーズアウト

 (5)海外石炭火力の公的支援の停止

 (6)原発の段階的廃止

 (7)温室効果ガスの国内削減と海外削減貢献分を分別した目標設定および2030年目標の強化

 (8)カーボン・プライシングの導入

 (9)技術偏重、先送りのためのイノベーションからの脱却

 (10)脱炭素ビジネスを促進するための金融環境整備

 政府の長期戦略案はG20前に確定されますが、今後定期的に見直しが行われます。同案でも言及されているように、温暖化対策は経済成長戦略です。すなわち、日本の産業や自治体の今後の方向性を決めるものです。これからの温暖化対策の道筋を描くことは、世界と日本の今後のあり方を考えることです。WWFジャパンを含め多くの団体や組織が長期戦略案への提言を出しています。これらも参考に、企業や自治体、団体が2050年に向けいかに貢献し持続可能な発展をしていくか、一緒に考えていきましょう!

 WWFジャパン「パリ協定の下での長期戦略に関する提言:脱炭素社会を真に達成するために」

 https://www.wwf.or.jp/activities/data/190424climate01.pdf

 パリ協定・長期戦略の政府案

 http://search.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000186601

【プロフィル】小西雅子

 昭和女子大学特命教授。法政大博士(公共政策学)、ハーバード大修士。民放を経て、2005年から温暖化とエネルギー政策提言に従事。