無謀な「朝鮮出兵」で豊臣政権“内部分裂”…機能しなかった「QCサークル」 (2/6ページ)

2014.11.10 06:49

豊臣政権では(右上から)秀吉、石田三成らと(左上から)加藤清正、黒田長政、福島正則、黒田官兵衛らが対立する構図が生まれた

豊臣政権では(右上から)秀吉、石田三成らと(左上から)加藤清正、黒田長政、福島正則、黒田官兵衛らが対立する構図が生まれた【拡大】

  • 大阪城二の丸の豊國神社に建つ豊臣秀吉公銅像
  • 秀吉による朝鮮出兵(文禄の役)後、敵軍の侵入を防ぐために設置された聞慶の嶺南第一関門
  • 朝鮮出兵の拠点となった名護屋城跡。前方には玄界灘が広がる=佐賀県唐津市
  • 熊本城の加藤清正像

 だが、理想的なリーダー像として信長しか知らない秀吉は信長のある一面だけをまねてしまう。ここに帝王学を学んだ者と学んでいない者との差が出る。信長亡きあと天下を取った秀吉だが、求めた強引さは信長譲りとはいえない。

 家臣の尻をたたいて結果を求めてきた信長にはそれなりに「理」はあった。家臣が出した結果に応えることで、組織を維持する方法を知っていた。相当な理論派である。

 だが秀吉は、家臣が結果を出したとしても、好き嫌いで評価するきらいがあった。自分のやることにいちいち意見をする千利休を切腹させ、自分より頭が切れるからと官兵衛までも死へと追い込もうとした。

 これまでの功績などはまったく関係なしの世界。

 “実戦派”の人が理論派をなじるときに、「机上の空論」という言葉をよく使うが、秀吉に至っては「空論」の「論」さえなかったのだ。これが朝鮮出兵の結果に大きく影響してくる。

釜山に上陸して翌日から攻撃開始…緒戦は予想以上の戦果に

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