【終活の経済学】こだわりの家族葬(4)エンバーミング

エンバーマーや納棺師は遺体をきれいに整えて、遺族との最後の貴重な時間をつくる(写真はイメージ、ブルームバーグ)
エンバーマーや納棺師は遺体をきれいに整えて、遺族との最後の貴重な時間をつくる(写真はイメージ、ブルームバーグ)【拡大】

  • エンバーマーの江野澤光さん(左)と金野奈由美さん

 ■故人に寄り添う最後の時間

 生前の面影を大切にするための、エンバーミング(遺体衛生保全)という技術をご存じだろうか。故人に寄り添う最後の時間をつくる大切な技術を紹介する。

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 エンバーミングは、遺体に薬剤を注入するなど医療的な処置を施すことで感染症のリスクを減らし、腐敗を防止するとともに、外見的な修復を行う技術をいう。日本遺体衛生保全協会(IFSA)によると、近年では故人らしさを重視する遺族や、生前に本人がきれいにして見送られたいと希望する例も出ているという。

 遺体の保存には多くの場合ドライアイスが使われるが、千葉市の葬儀社「博全社」の大野吉則さんは「ドライアイスを用いると、どうしても顔や手も硬くひんやりとしてしまい、小さなお子さまが触れたときに怖がったり、冷たくなった故人を前に気持ちが一層ふさいでしまったりということは少なくありません。エンバーミングにより、心穏やかにお見送りをすることができます」と話す。

 また、海外などにいる家族が帰るのを待ちたいという場合や、火葬までの間ゆっくりお別れの時を過ごしたいという場合などにも有効な手段。大野さんは「家族が最後まで寄り添い、心の整理ができるという点で大きな意味があると思います」と話している。

 費用は葬儀社などによっても異なるが、専門技術を要することもあり15万円前後。依頼する場合は葬儀社にエンバーミングが可能か確認しておく必要がある。

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 ■「誕生日」のお祝いを果たす

 家族、親戚を中心とした20人ほどの家族葬。故人は89歳のおじいちゃんで、喪主はその妻。葬儀担当者と家族とで打ち合わせをしていたところ、「おじいちゃんがもうすぐ90歳になるから、なんとかその日まで頑張って生きてほしかった。誕生日を迎えたらお祝いをして、みんなで旅行に行こうって話をしていたのに残念だね」という話になった。それを聞いた葬儀担当者は、誕生日まであと数日だったということもあり、エンバーミングという技術があることを提案した。

 エンバーミングを施し、5日間を家族とともに過ごして誕生日を迎えた。葬儀では「おじいちゃんの誕生日」ということで担当者が特別にバースデーケーキを用意。90歳のろうそくを立てて、孫や子供たちなど家族みんなでおじいちゃんを囲みながら「おめでとう!」と声をかけお祝いをした。「おじいちゃん、これから天国への旅行だね」。誰からともなく笑顔のこぼれる温かな式となった。

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 ■お葬式DATA

 ▽規模=家族葬 約20人

 ▽式場=クリスタ千葉

 ▽葬儀会社=博全社

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 ■安らかな寝顔”を目指す エンバーマーに聞く 

 1993年にエンバーミングを導入した葬儀社「博全社」(千葉市美浜区)で、エンバーミングを実際に行う現役の「エンバーマー」として活躍する江野澤光さんと金野奈由美さん。どんな思いをもってこの仕事に向き合っているのか。

 「私たちはともに看護師だったのですが、長い闘病生活でやせてしまった故人を前に、悲しまれるご遺族の姿をよく見てきました。エンバーマーとして陰からご遺族への力添えができればと思っています」と金野さん。

 遺体の修復というと、不慮の事故などを思い浮かべるが、江野澤さんは「多くはご病気などで亡くなられた方へのお手当てです。やせた頬を少しふっくらさせたり、ヘアメークを工夫したりして、お元気だったころの面影に近づけていきます。ご遺族のほか、『きれいな状態で見送ってほしい』と生前にご自身で要望される方もいらっしゃいます」と話す。

 金野さんも「長期入院では酸素などのチューブで鼻や口の形がゆがんだり、傷ついたりします。左右の鼻の穴の形が同じになるように整え、傷口を自然なかたちでふさいであげるのもエンバーマーの役割です」。

 エンバーマーとして目指すところはどこに? 「私たちが目指すのは、ご遺族がイメージする故人の自然なお姿です。小さな傷口でも目が向けば『痛かったね』と再びつらい気持ちになってしまいます。ご遺族からお借りした写真をもとに、笑顔が印象的な方だったのかな、などと想像しながら、より自然な表情になるよう心がけています。“安らかな寝顔”とご遺族に感じていただけるのが一番の理想ですね」(江野澤さん)

 遺族の悲しみを和らげることは、エンバーマーの大切な仕事だ。

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 ■「心の整理に必要な2週間」

 故人は病気のため50代という若さで亡くなった男性で、喪主はその妻。子供はおらず、夫婦2人仲むつまじく暮らしていた。「交友関係の広い人だったから会いたかった友達みんなに会わせてあげたい」。そんな妻の強い要望で、葬儀はせず、弔問客を終始受け入れられるよう自宅での長期安置となった。

 エンバーミングを施し、火葬までの約2週間、故人の好きだった音楽を終始流し、自宅に絶え間なく訪れる弔問客を迎え入れ続けた。通常で考えれば、悲しみのなか2週間もの間、いつ訪れるか分からない弔問客の対応をすることは心身ともに大変な疲労を伴う。しかし、夫のためにと、出棺の日まで妻はあえてそのスタイルを貫いた。故人の好きだった自宅で、夫婦2人きりの時間を過ごしながら、たくさんの人を招き、思い出を語らう別れの形。「奥様にとっても心の整理をつけるために必要な、かけがえのない時間だったのでしょう」と葬儀担当者は振り返る。(『終活読本ソナエ』2018年夏号から、随時掲載)

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 ■お葬式DATA

 ▽規模=直葬 約5人

 ▽式場=自宅に安置

 ▽葬儀会社=博全社