【寄稿】1.5℃に気温上昇を抑えることは可能か? WWFジャパン・小西雅子 (2/2ページ)

夜を徹した検討作業で特別報告書の「政策決定者向けの要約」が承認され、拍手に包まれた会場(C)WWFジャパン
夜を徹した検討作業で特別報告書の「政策決定者向けの要約」が承認され、拍手に包まれた会場(C)WWFジャパン【拡大】

1.5℃に抑えるためには?

 さて、1.5℃を達成する排出経路は、2℃の排出経路とどのように異なるのでしょうか? 2℃に抑えるための排出経路として、世界の温室効果ガス排出量を2030年に2010年比で約20%削減し、2075年ごろに実質ゼロにすることが示されています。1.5℃の場合には、それをもっと早く、もっと広範囲に実施する必要があり、2030年に約45%削減し、2050年ごろには実質ゼロにする必要があると指摘されました(オーバーシュートしないか、少しだけオーバーシュートを許す排出経路)。

 特別報告書には、異なった緩和戦略で1.5℃を達成する場合の4つのモデル経路が示されています。この中で「P1」と呼ばれるモデル排出経路は、大気中からCO2を除去する技術(CDR)やCCS(二酸化炭素の回収・貯留)も使わないで達成する道筋となっています(植林などは活用)。これに対し、「P4」と呼ばれる排出経路は、経済成長とグローバリゼーションが高炭素ライフスタイルを継続させるシナリオで、BECCS(バイオエネルギー+CCS)など大気中からCO2を除去する技術を多用する前提になっています。ここでのポイントは、早く広範囲に削減を進めることができれば、大気中からのCO2除去など未知数の技術に頼らなくても1.5℃は達成可能と示した点です。

 これらの排出経路では、再生可能エネルギーが2050年に全電力の70~85%を占め、ほとんどの場合、原子力発電とCCS付き火力発電は増加します。また、すべての排出経路で、石炭火力は急激に減少し、2050年にはほぼゼロになっています。

特別報告書が及ぼす影響は?

 パリ協定のもと、各国が提出している削減目標(国別目標)では、3℃程度の上昇が見込まれることが、特別報告書に明記されました。特別報告書は、各国の目標引き上げ気運の醸成に向けた議論の科学的根拠になります。

 ただ、2℃に抑えるのにも多大な努力が必要なのに、1.5℃に抑えることは果たしてできるのでしょうか? これを不可能と決めつけるのは簡単です。しかし、私が参加した韓国でのIPCC会合では、世界195カ国の政府が一堂に会して特別報告書を真剣に検討し、「政策決定者向けの要約」を承認していく光景を目のあたりにしました。そこには、国連を中心とする世界の温暖化対策で1.5℃が新たなスタンダードになっていきそうな勢いを感じました。

 特にESG投資の拡大によって、温暖化対策やSDGs(持続可能な開発目標)への一層の貢献を問われる企業や、各国政府を上回る温暖化対策を誇る自治体にとって、特別報告書は欠くことのできない知見となるでしょう。私たちは特別報告書が示した新たな知見を少なくとも検討材料とするべきです!

                   

【プロフィル】小西雅子

 昭和女子大学特命教授。法政大博士(公共政策学)、ハーバード大修士。民放を経て、2005年から温暖化とエネルギー政策提言に従事。