下仁田だけじゃない…「ご当地ねぎ」で歴史を知る (1/3ページ)

大阪伝統の「難波葱」と、長年生産に携わってきた稲田元正さん=大阪府松原市
大阪伝統の「難波葱」と、長年生産に携わってきた稲田元正さん=大阪府松原市【拡大】

  • 「フェスタ」を盛り上げるため、難波葱を配る関係者=大阪市中央区
  • 岩津ねぎの天ぷら=兵庫県朝来市提供
  • 火を入れることで、とろけるような甘さが生まれるという下仁田ねぎ=群馬県下仁田町提供

 今の季節、鍋料理に欠かせない食材がねぎ。スーパーの野菜売り場では、地元産のほかにも遠方で作られたものが並ぶ。いわゆる「ご当地ねぎ」は、群馬県下仁田(しもにた)町の「下仁田ねぎ」が有名だが、このほかにも兵庫県朝来(あさご)市の「岩津ねぎ」や大阪府の「難波葱(なんばねぎ)」などご当地ねぎがあり、それぞれに伝わるおすすめの食べ方がある。ご当地ねぎを取材をしてみると、それぞれの土地に守り、育ててきた人たちの努力があった。(藤崎真生)

明治の難波はねぎ畑

 「難波葱配布してます」「生で食べてみてください」。今年1月中旬、大阪市中央区の南海難波駅前で、大阪府の関係者や農家ら約50人が声を張り上げ、伝統の野菜「難波葱」を配っていた。

 平成29年春に大阪府が取り組む「なにわの伝統野菜」に認証されて以来、知名度が上昇している難波葱。そんな中、この日から府内で「難波葱フェスタ」が始まった。

 歴史は江戸時代ごろにさかのぼる。大阪府によると、当時の書物には「難波がねぎの産地」との記述があったほか、南海電鉄の前身会社の社史も、明治18(1885)年に完成した難波駅の周辺はねぎ畑だったと記している。

 濃厚な甘み、強いぬめりと香りが親しまれたが、強いぬめりのため、機械で切るのが難しく、市場関係者から敬遠されるようになり、広く流通しなかったという。

 このような中、難波葱のおいしさを広めようと、有志らが平成22年に「難波葱の会」を結成。料理人に頼んでメニューに加えてもらったり、PRイベントを開いたりと地道な取り組みを重ねてきた。

 平成25年には「難波葱」と記された明治43(1910)年の種苗会社の品種カタログを発見。「大阪難波の名産」などと説明されていたこともあり、なにわの伝統野菜の認証につながった。現在は大阪府松原市などを中心に約50人が約180アール(大阪府確認分)で栽培している。

「200年の伝統」今に