社会・その他

「登録博」か「認定博」か 愛知万博、格付けに諸説あり (3/4ページ)

 「五輪誘致の落選やプラザ合意(85年)後の円高で愛知が厳しい状況にあった時代。万博は自信を取り戻すきっかけになった」(名古屋学院大・江口忍教授)。愛知にとってプライドをかけたイベントだった。県も大阪(70年)並みの大規模な博覧会を目指すと位置付け、国も後押し。これらの経緯からも大規模博との認識が定着したとみられる。

 ただ、運営では認定博の形式が取られていた。経産省によると、開催国がパビリオンを用意する認定博の方式で運営。登録博は、参加国が自前で専用のパビリオンを建てる「セルフビルド方式」を取っている。開催期間が6カ月となったのは「異例。なぜ可能だったのか、今となっては分からない」(同省)。

 当時も位置付けをめぐる混乱はあったようだ。誘致が決まった97年6月の中日新聞では、テレビ朝日の「ニュースステーション」の久米宏キャスター(いずれも当時)が「特別博で、大阪万博とは違う」との趣旨の発言をし、県が不快感を示したとの記事がある。江口教授は「議論になった記憶はないが、当時名古屋がからかわれる風潮があり、過剰反応した側面もあるのでは。市民の間では『登録博』として認識されていたと思う」と話す。

 違いは規模のみ

 登録博、認定博で違いはあるのか。学習院大の伊藤真実子教授は「簡単にいえば規模の違いのみ」とする。認定博は3週間以上3カ月以内で、5年ごとに開かれる登録博の間に開催できる。

 認定博は、登録博の選にはもれたが博覧会を開催したい都市、万博をする体力、財力はないが、小規模で国際的なイベントを開催したいなどで開催されることがあるという。ただ「近年は認定博でも登録博とほぼ資金負担は変わらない」(関係者)といい、境目はなくなりつつあるようだ。

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